第2章 大切な記憶
「うう…寒い…。」
桜は着付けのために手短に支度をすると実家を出た。
手には鞄と、玄関の靴箱の上に用意しておいたいつも使っている深めの帽子。
俯けば顔が見えなくなるくらい、ぎゅっと深く被って歩き出す。
(わ…こんな時間でも意外と人いるのね……)
桜はそう思いながら向こうから歩いてくる若い男性に気が付く。
途端に体がこわばり、帽子を掴む手が震え始めた。
体がうまく動かなくて足が止まりそうな桜の横を、男性は呆気なくスタスタと通り過ぎていく。
「…………はあ…。」
桜は何故だか分からないが、二十歳前後の若い男性が苦手だった。
とにかく怖くて怖くて仕方ない。
(何かされた訳じゃないのに…失礼だよね…。中学まではこんな事なかったのにな………。)
高校までは共学だった。
そして高校の一年目の記憶が何故か桜にはない。
何があったのか、事情を桜が把握するより前に最初の高校からは転校したものの、しばらくの間は転校先のクラスメイトの男子とも問題なく過ごせた。
だが、友達だった男の子が成長して大人びてくると桜は避けるようになってしまったのだ。
元々は "人たらし" と呼ばれるほど桜は男子とも女子とも仲が良かった。
桜の人を安心させるような独特な雰囲気と、少し抜けてる笑顔に皆毒気を抜かれるのだ。
桜は何度も両親に失った記憶と、この拒絶反応に心当たりはないかと訊いたが、いつも二人は俯くばかりだった。