第2章 大切な記憶
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一ノ瀬桜は少し変わっていた。
それは目に見えるものの話ではない。
怪我や病気を治せる不思議な力を持っていたのだ。
その力は生まれつきの力ではなく、七歳年下の桜が溺愛する弟が生まれた年から突如使えるようになった。
きっかけがあったような気もしたが、桜は答えを見つけられないでいる。
ただ…、思い出そうとするといつも "ユキ" という名が浮かんだ。
そして、その名を思い出すといつも胸の何かがぽかぽかとしてくるのだ。
意外にもこの力を知っているのは、八歳の頃から遠縁の親戚のもとへ行ったきりの弟だけだった。
心の中の誰かが桜の身を案じて『隠した方が良い』と教えてくれたからだ。
桜は優しくもやんちゃで生傷絶えない弟を、『内緒だよ。』と笑いながらよく癒やしていた。
弟は本当に可愛らしく、桜が傷を撫でるついでに抱きしめると、いつも頬を染めてほわほわとした幸せそうな笑顔を浮かべた。
それが堪らなく可愛くて仕方なく、桜は彼が大好きだった。
桜も溺愛していたが、弟もまた桜をとても慕っていた。
『内緒だよ。』と言われる度に、真っ直ぐな目で『約束するよ。』と答え、言葉通りいつまでもその約束を守ってくれたのだ。