第55章 遊郭に巣食う鬼
(さっきは選曲に気を遣ったけど…今度は弾きたい曲にしよう。…そうだ、あれなら季節にも合う…。)
「この時代、まだ生まれていない曲だけど…『ロンドンの夜の雨』という曲を弾くね。音が雨みたいなんだよ。」
そう言って少し微笑みながら桜が弾いた曲は二人が生まれた時代の丁度真ん中頃に生まれた曲で、近代的な華やかさがありつつも情緒溢れる曲であった。
杏(細かく繊細な音だな…よく動く。雨の降る慌ただしい情景が浮かぶようだ。)
そう思っていると雨は静かになり、澄んだ音が滴る雫を思わせる。
杏寿郎は曲に入り込んで奏でる桜の表情に目を細めた。
杏(筝を買おうか。父上も千寿郎も喜びそうだ。)
そんな風に見られているとは知らず、桜は最後まで楽しそうに弾き終わると杏寿郎に向かって微笑んだ。
「行きましょう。」