第10章 お見送りとお父さん
槇「ああ。」
槇寿郎は動揺を悟られないように俯いておちょこを手にする。
また顔を上げておちょこを差し出すと、慎重に酒を注ぐ桜の顔を盗み見た。
先程まではまるで幼子のように目を輝かせて、無遠慮で、強引で、物の扱いも荒く、口調もハキハキとしていた。
だが、微笑みながら今度は自分のおちょこを差し出す目の前の者は、女性だ。
決して大人っぽい訳ではなかったが、落ち着いた柔らかい雰囲気で所作も年相応だった。
注いでもらったおちょこを一度置くと、槇寿郎は飲みかけの酒瓶ではなく 自身が持ってきた新しい方を開けて桜のおちょこに注いだ。
「では、槇寿郎さんとの出会いに…乾杯?」
『あれ?何だか口説き文句みたいになっちゃった…?』と照れながら言い、桜はくぴっと飲む。
槇寿郎も軽くおちょこを上げてからぐいっと飲み干した。
槇(………………………………)
槇(…………そもそもこいつは何者だ…?)
場が落ち着いて余裕を取り戻した槇寿郎は、ようやくそう思い至った。
隣を見ると桜は酔い易いのか、おちょこ一杯で頬を染めている。