第10章 お見送りとお父さん
気分が高揚している桜は、たいそう楽しそうな顔で返事を促すように少し首を傾げた。
槇「…………………日本酒だ…。」
ふいと目を逸らしはしたが、槇寿郎は観念したようにぼそっと呟いた。
桜は、 "同じですね!" と言ってにこーっと笑う。
「何口の日本酒を飲んでるんですか?」
桜はおちょこを槇寿郎の側に置き、近くの酒瓶を拾い上げながら訊いた。
見ても分からないだろうに中を覗き込んでいる。
槇「…甘口は飲まない……。」
「お!楽しみです!」
そう笑うと桜は縁側の方を指差して、
「お外で飲みましょ!掛け布団借りていいですか?」
と言った。
槇(……掛け布団?)
完全に桜の勢いに飲まれた槇寿郎は、困惑しつつも何をするのか気になって再び "好きにしろ" と答える。
それを聞くと桜はすぐに立ち上がり、縁側の襖をまたスパーンと勢い良く開ける。
普段はほわっとしている桜だが、この時はまた思いが先走って暴走気味になっていた。
槇(どう育てたら初対面同然の男の目の前であんな開け方をするようになるんだ…。)
それも相手の自室に乗り込んで。
そう呆気にとられている槇寿郎に気が付かず、桜は槇寿郎の飲みかけの酒瓶とおちょこをいそいそと縁側へ持っていく。
槇寿郎の存在を忘れたのかと思うくらい無防備に背中を向ける女は、綺麗に浮かぶ月に見入っていた。
届くはずもないのにつま先立ちをして夢中になっている姿に、槇寿郎は毒気を抜かれる。
だが、すぐに絆されかけた自分にハッとして、ふいと目を逸らした。