第53章 ※不自由な夜
杏(だが、責務を全うするとは……いつまでの話だったのだろうか。鬼舞辻を倒せたのなら剣を置けただろう。だが、もしそれがまだ叶わなかった場合…俺はいつ引退をしたのだろう。子を成し、新たな炎柱を育てるまでか。それとも…歳を取ろうと身を挺して命を落とすまで戦えば良かったのだろうか。そうすれば母上に認めてもら、)
「杏寿郎くん。」
珍しく答えの出ない事について長考していると桜が声を掛けた。
それに杏寿郎はすぐに反応出来ず固まった。
「頑張ってるね、えらいね…。」
その唐突でありながらもどこかで切望していた言葉に不意を突かれ、杏寿郎の眉は彼らしくない無防備なハの字になった。
――――――少しで構わない、認められたい
自力で呼吸を会得した。
最終選別を突破し 仲間を失いながらも鬼を狩り続けた。
そして少年から青年になり、死線を潜り抜けてやっと炎柱になった。
それでも己を誇り 認めてくれる親は居なかった。
側にいた父親は頑張りを無駄だと一蹴し、その道を説いた母親の言葉は呪いの様に『全うしなければならない』と自身を動かし続けた。
杏「…………俺は、きちんとやれているだろうか。やるべき事を……俺は…、」
「勿論です。むしろ頑張りすぎですよ。杏寿郎さん程立派な隊士さんを私は知りません。」
呆気無く返ってきた言葉に杏寿郎の力が抜ける。
そして同時に湧き上がった愛おしい気持ちから腕の自制が疎かになった。
杏寿郎は桜を強く抱き締めると何度も存在を確かめる様に腕に力を入れる。
杏「…………そうか。」
そう絞り出す様に返されると 桜はきょとんとした顔で杏寿郎の頭を撫でながら首を傾げた。
しかしすぐに杏寿郎の心境を察すると柔らかく微笑み、絶えず優しく頭を撫でながら杏寿郎を認める言葉を掛け続けた。