第18章 鬼舞辻無惨
宇那手は、以前炭次郎が鬼舞辻の気配を嗅ぎ取った、うどん屋へ向かった。近付き過ぎては、強制的に何かを食わされそうな雰囲気を感じたので、程よく距離を取り、精神を研ぎ澄ました。
丸々三時間はそうしていただろう。
突然、鮮烈な異臭が鼻を突き、全身の毛が逆立つ様な気配を感じた。間違いない。少し気配を変えているが、あの晩、両親を鬼にした犯人の気配。鬼舞辻無惨が近くにいる。
宇那手は、走り出す前に両頬を手で叩き、無理矢理微笑みを浮かべた。人混みを盾にすれば、今の身分を捨てたくない鬼舞辻も、妙な動きは出来ないだろう。
彼女は臭いを辿り、辿って、一本の糸に引き寄せられる様に、一人の男の背に追い付いた。
「月彦様!」
そう呼び掛けると、洋装の麗人は振り返った。宇那手は、羽織を脱ぎ、敢えて、一目で鬼殺隊員と分かる服装で接近した。鬼舞辻は赤い目を細めた。その名で呼ばれた以上、知らぬ存ぜぬで押し通す事は出来なった。
宇那手は、震える手を抑えながら、笑顔のまま、言葉を続けた。
「仕事の件で、以前父がお世話になりましたので、ご挨拶を⋯⋯」
鬼舞辻は、しばらく宇那手を見詰めた後、妻子を振り返った。
「悪いが、先に馬車を拾っておくれ。この娘とは少し縁があってね。話がしたい」
演技でも、その柔和な声は、産屋敷によく似ていた。奥方とその娘は、感じよく会釈をし、その場を立ち去った。
「⋯⋯鬼殺の剣士が何の用だ?」
「取引をしたいのです」
宇那手は、笑顔を崩さず、答えた。鬼舞辻は、逡巡の後、道の脇へ避けた。
「取引だと?」
「双方に利があると考えております。下弦ノ壱について」
「何を以てお前を信用しろと?」
「では、命をお預けします。無惨様の裁量にお任せします」
宇那手は、首に巻いていた包帯を取った。痣を目にした瞬間、無惨は息を呑んだ。宇那手は、笑みを深めた。
「これが何を意味するか、ご存知のはずです。今代で、痣者は現状私のみ。私としては、戦う理由を与えた鬼に憎しみを覚えてもいますが、気が変わるかも知れません。早死にするより、鬼になった方がマシだと」