第18章 鬼舞辻無惨
(鬼殺隊も、鬼を殺し過ぎた。鬼舞辻の身体的問題が解決しても、到底許し合える関係じゃない。殺すか、殺されるか、それしか無い)
宇那手は自分に言い聞かせた。それでも、最近になって耳に入る様になった異国の宗教の考え方も否定したくなかった。
鬼舞辻が、心からこれまでの行いを悔い改めれば、救われる可能性を。
連日、体を酷使し過ぎたせいで、宇那手はそのまま夢の中へ沈んでしまった。
気が付くと、既に夕暮れになっていた。彼女は慌てて、蝶屋敷で用意して貰ったおにぎりと、水を飲み込み、刀に手を置いた。
今の力量では、鬼舞辻に敵わない。そんな事は分かっていた。今日は殺しに行くのでは無い。それでも、恐怖に足がすくんだ。
「大丈夫ですか?」
まだ目の前に座っていた男が、不安げに宇那手の顔を覗いた。
「顔色が悪い。具合が悪いのなら、無理せずに休まれた方が⋯⋯。貿易会社と繋がりがあるのでしたら、名家のお嬢さんですよね? その⋯⋯探している方に頼っては?」
「無理ですね」
宇那手は力無く笑った。
「適当に宿を探します。心配は不要です。幸い、持ち合わせはありますので。それに、私には愛する人がいますから、一度顔を見た限りの知人の世話になり、心配を掛けたくないのです」
「あー⋯⋯やっぱり、想い人がいたんですね⋯⋯」
男は妙に落胆した。
「⋯⋯自分はまだ独り身ですので、運命かと思ったのですが。⋯⋯一目惚れでした。だから、声を掛けたんです」
「ごめんなさい。でも、貴方なら、良い人が見つかると思いますよ」
宇那手は、そう答えて微笑んだ。人から好意を向けられるのは、素直に嬉しかった。戦う事しか能の無い自分を、好きだと言ってくれた人に、感謝を示したかった。
「此方をどうぞ」
彼女は小さな守袋を取り出した。
「魔除の効果があるお守りです。貴方の征く道が、幸運な物でありますように」
「あ⋯⋯ありがとう」
男の言葉と同時に、汽車は速度を緩め、ガタンと止まった。浅草だ。
宇那手は席を立ち、慎重に階段を降りた。物凄い人の数だ。人混みに揉まれ、振り返ると、男の姿はもう見当たらなかった。
また、出会いと別れが一つ、過去の物となった。