第18章 鬼舞辻無惨
「あの⋯⋯席、良いですか?」
まだ若い男性が、遠慮がちに頭を下げて来た。宇那手は愛想良く笑った。
「どうぞ」
「何方へ行かれるのですか?」
「浅草へ。人を探していまして」
「へえ⋯⋯。えっと⋯⋯貴女はどうして刀を?」
「祖父が武家の出身でしたので、形見を」
宇那手は、自分の口からスラスラ嘘が出て来る事に驚いた。男も、周囲で聞き耳を立てていた人々も、それで納得した様だ。男は、好奇心に瞳を輝かせた。
「探している人、というのは?」
「父が以前仕事でお世話になった方です。恩がありますので、お礼をしに。名前しか存じ上げないのですが、月彦様、という方です」
「ああ! あの貿易会社の方ですね!」
「貿易会社⋯⋯」
宇那手は得心が行った。鬼舞辻が人に化けるのなら、そこら辺の適当な人間の姿を借りているとは思えなかったのだ。
人の動きを把握しやすい、人の上に立つ人間を演じているはずだ。
「その方で間違いありません! 確か奥様と子供さんがいらっしゃって⋯⋯お子さんは実の子供では無かったはず」
「そうです。麗さんは、前の旦那さんを事件で亡くしているので⋯⋯」
(事件?!)
宇那手は、内心激しい怒りを覚えた。その身分を得るために、鬼舞辻は子供のいる麗という女性の旦那を殺したのだ。
しかし、彼女は怒りを抑え込んだ。
「月彦様の存在は、奥様の支えになっているのですね」
「ええ。彼の手腕はかなりの物だそうで。ただ、病弱で昼間はあまり出歩けない様ですが⋯⋯」
「お気の毒です」
その言葉は、あながち嘘でもなかった。鬼舞辻も、元は人間だったのだ。
「すみません、少し考え事をしたいので」
宇那手は、そう断りを入れて、窓の外へ目をやった。
千年もの時を、生き続けることを、鬼舞辻は苦痛に思わなかったのだろうか?
実の親兄弟は皆死に、遠い血縁者である産屋敷には、敵対視され、鬼殺隊に狙われ続けている。
そして、多くの人間を殺している。死んでも、魂が救われる事は無いだろう。
(結局⋯⋯私もあの坊やと同じか⋯⋯)
鬼は虚しい生き物だ。父も母も、望んでそうなったわけでは無い。恐らく鬼舞辻も、最初から鬼になりたいなどとは考えていなかった筈だ。日光を克服したがっている姿勢からも、それを感じられた。