第18章 鬼舞辻無惨
宇那手は部屋を出ると、窓枠に鴉が止まっている事に気が付いた。
彼女は二、三頼んでいた情報を受け取った後、首の辺りを指で撫でてやった。
「ありがとう。明日の正午に、伺うと伝えて。岩柱の悲鳴嶼行冥様にも同席願いたい、と」
鴉は、コツコツと宇那手の指を突き、飛び立った。
彼女は大きく深呼吸した。朝の冷たい空気が、癒えたばかりの肺を刺激する。
師範⋯⋯冨岡と、離れて動くのは、この一年で、これが初めてだった。一年前までは、単独で鬼を狩っていた。まるで遠い昔のことの様に思える。
「大丈夫。上手く行く」
宇那手は、自分自身に言い聞かせ、屋敷を飛び出した。浅草を目指して。
町に出て、其処からは汽車に乗った。自分の財布から金を出すのは、不思議な感覚がした。
汽車の中には、わりと裕福な家庭の乗客が多く、家族連れもいた。曜日の感覚が無くなっていたが、休日なのだから、不思議ではない。
逆に、周囲は自分を妙に思っているだろう、と考えた。十代の娘が、これといった荷物も持たず、時代の先を行く様な衣を纏い、目立たぬ様に刀を帯びている。まるでちぐはぐだ。
その風貌のせいか、好奇心剥き出しの目で見られても、声を掛けられる事は無く、宇那手はかえって安心した。ここ最近、話の通じない鬼か、奇人、天才としか会話をしていなかったせいで、上手く話を合わせられるか分からなかった。
流行りの着物や、歌も知らない。思えば、寂しい人生だ。けれど、その虚しさは、両親の元で幸せに暮らしていたとしても、拭えなかっただろう。
恐らく、田舎の街の、そこそこの家へ嫁ぎ、狭い家の中で暮らしていたはずだ。籠の鳥の様に。
山を自由に走り回る事も、心から愛する人と共に生活する事も叶わなかった。
夢を捨て去り、現実的な目で自分の人生を評価するなら、幸せだ。きっと、残りの七年間も、時を忘れるくらい、波乱に満ち、悲しみと同じくらい、喜びも感じるはずだ。多くの人が長い年月の中で味わう、出会いと別れの悲喜交々を消化しきれるだろう。