第105章 無視
しばらく、二人は黙々とケーキを楽しんだ。その後、義一がトイレに行くと言って部屋を出たので、宇那手は鞄を開けた。
(お父さん、何を入れ──)
彼女は思わず鞄ごと投げ飛ばしてしまった。頬が熱を帯びるのを感じた。
(何考えてるのあの人!!! 馬鹿!!!)
そうこうしている内に義一が戻って来た。彼は床に投げ出された「ソレ」を一瞥して凍りついた。
「ち⋯⋯違うの!!」
宇那手は慌てて顔を覆った。
「お父さんが、さっき鞄に押し込んだの! お守りって言って!! 私のじゃない!! あげる!!」
「いや⋯⋯困る」
義一は、コンドームを拾い上げ、部屋の扉を閉めて座り直した。
「俺は今使うつもりは無いし、こういう物は、経年劣化する。父親に返して、安心させてやれ」
「い⋯⋯嫌だ!!」
「じゃあ、俺に捨てさせる気か? ゴミ箱からコレが出て来てみろ。姉さんが発狂する。袋を借りるぞ」
義一は、紙袋を拾い上げると、元通りに入れ直し、宇那手の鞄に収めた。
「⋯⋯蛇みたいだな、あの人」
彼は無表情に言葉を続けた。
「俺がお前をどう扱うか、試したんだろう。失くなっていれば、俺が何をしたのか察しが付くだろうし、コレが手付かずで、お前が酷い顔をしていれば⋯⋯。悪いが、俺はあいつの挑発には乗らない。分かるよ。お前を手離したくないんだろう」
「じゃあ、それが失くなっていて、私が満面の笑みだったら? ⋯⋯ああ、それも面白いかも」
宇那手は、陰りのある笑みを浮かべた。義一は、そこから宇那手の複雑な感情を読み取った。
「許したいけれど、許したくない。貴方と話せば話すほど、過去の感情を鮮明に思い出す。さっきまでなかった憎しみが、心に湧いて来た。私はあいつに⋯⋯身体をボロボロにされた!! 時間を奪い取られた!! ⋯⋯やっぱり貴方が始末して。本当に使っても良い。家族? 愛情?! 知るもんか!! 何も知らないのなら、知らないなりに、心からの愛情を注いで育てた物が、摘み取られる痛みを味わえば良い!!」
「落ち着け!!」
義一は、宇那手の両肩に手を置いた。
「お前は、人を不幸にするための道具じゃない。自分をそんな風に扱うな!!」