第105章 無視
宇那手は、クマをぎゅっと抱きしめた。これまでも、義一は事ある毎にテディベアを贈ってくれたのだ。その一体一体に、試合で獲得したメダルを掛けて飾っている。
「この子には、オリンピックの金メダルを。必ず。⋯⋯ありがとう」
「座って」
義一は、折り畳み式のテーブルを出して床に座った。
「話を整理しよう。俺は冨岡義勇で、お前はあの頃と同じ宇那手火憐なんだな?」
「⋯⋯そう」
宇那手は、クマを抱えたまま、ちょこんと座った。
「貴方の継子で、炎柱の羽織を受け継いだ、最後の柱、宇那手火憐です。迷惑かもしれませんが、私の気持ちは今でも変わりません。貴方の事が大好きです」
「⋯⋯っ」
義一は言葉に詰まった。これまで、何も知らぬフリをして宇那手を見守って来たのだ。彼女は人当たりが良く、誰にでも好かれるタイプだ。
生まれ変わっても、努力というブーストを排除すれば、何についても錆兎の方が勝っていた。宇那手は、当然錆兎に惹かれると思った。
「ちょっと信じられないよね?」
宇那手は、上目遣いに義一を見た。
「以前の私は、来年貴方と結婚していて、子供も産んでいたなんて。あの子が健康に育ち、家を守ってくれて良かった。宇那手の姓も、冨岡の姓もちゃんと残って、尚且つ血筋が離れたお陰で、私は貴方とまた一緒になれる。勿論、貴方が嫌なら、私は──」
「お前が良い!」
義一は机を乗り越えて、宇那手の首に抱き付いた。
「お前が良いんだ!! 頼むから⋯⋯頼むから、俺を選んで──」
「義一。それは、ちょっと、どうかと思うなー」
トレイを持って現れた蔦が、あからさまに引いた顔をしていた。
「それは、情けないと思うわー。抱きしめるのは良いとして、縋り付くのはちょっとねー」
彼女は義一を宇那手から引き剥がし、テーブルにケーキと麦茶を置いた。
「もう部屋に入って来ないけれど、何かあったら、叫ぶのよ、火憐ちゃん。それから、十時にはお家へ電話をするからね?」
蔦は手を振って部屋を出て行った。