第105章 無視
宇那手は、放課後敢えて父を呼び出し、迎えを頼んだ。
改めて、月彦と向き合った義一は、複雑な表情を浮かべ、緊張していた。しかし、月彦は、どこまでも穏やかな調子で笑みを向けた。
「貴方でしたら、娘を安心して預けられます。くれぐれも、よろしくお願いしますよ」
「⋯⋯はい」
義一はぎこちなく答えた。宇那手はニコニコしていた。
「お父さん、累は帰って来た? 調子はどう?」
「今日は咳も無く、落ち着いていますよ。まったく、火憐は過保護ですね」
「だって、他の家族みんなが、私に対して過保護なんだもん! お父さんだって、仕事が忙しいのに、私のアカウントなんか見てるし、姉さんは顔を隠したがるクセに、絶対大会に来るし!! 母さんは大会に出ただけで、プレゼント攻撃。私だけが大事にして貰うんじゃ、割りに合わない」
そりゃそうだ、と義一は納得した。姉は珠世、母は梅、叔父は妓夫太郎、弟は累、父親は鬼舞辻無惨。記憶に無くとも細胞や魂に、宇那手に対する想いが刻み込まれているのだろう。
「火憐は、私の宝物ですから」
月彦は穏やかに返した。何処にでもいる、良い父親だ。
「お父さん」
助手席に座った宇那手は、満面の笑みで呼び掛けた。
「何時もありがとう。今日だって、私の我儘を聞いてくれた。私、お父さんも、お母さんも大好きなんだ。ありがとう」
「私の方こそ、出来過ぎた娘を持てて幸せです。火憐、丈夫に育ってくれてありがとう」
月彦は宇那手の頭をわしわしと撫でた。
「ですので、義一君」
彼はバックミラー越しに義一を睨んだ。光の加減で、その瞳が僅かに赤く光った。
「私の大切な娘に、何かすれば、許しませんよ。#火憐#は転校させ、二度と貴方には会わせません」
「傷付ける事など、ありません」
義一は、感情を抑えて、抑えて言葉を紡いだ。前世の記憶が色濃く蘇り、「どの口が言うか!」と叫びたくなった。
「何があっても、守ります。支えます」
「⋯⋯今までも、そう言った輩は大勢いたのですよ」
月彦は前を向いたまま、平坦な声で返した。