第104章 始
「⋯⋯帰りに、お家へ寄っても良い? 相談したい事があるから」
宇那手の申し出に、義一は頷いた。宇那手は、教室に戻ろうとし、直前で振り返った。
「竈門家には、鬼殺隊の最後の集合写真、耳飾り、日輪刀が残っていた。煉獄家にも、比較的正確に当時の状況と、炎の呼吸⋯⋯演舞が伝わっていた。宇髄家には、日輪刀と演舞の両方。我妻家には、善逸君の書いた嘘小説。私の家には、日輪刀と鬼殺隊見聞録の原本。⋯⋯炎柱の羽織は戦時下に、没収されて、国旗にされちゃったみたい」
「独りで調べたのか?」
「⋯⋯うん。独りだった。でも、私よりもずっと辛い思いをしている人がいる。助けてあげたいの。でも、何処にいるのか⋯⋯」
「お館様はご存知なんじゃないのか?」
「⋯⋯気軽に会いに行けない。もし⋯⋯もし、お館様が鬼の事を忘れて静かに暮らしているなら、もう思い出させたく無いの」
泣きそうな宇那手の背に義一が手を伸ばした瞬間、教室から真菰が飛び出して来た。
「火憐ちゃん!! これー!!! 義一君と付き合ってたの?!」
「リプ欄荒れてるぞ。大丈夫か?」
錆兎が心配そうにスマホの画面を突き付けた。主に宇那手の熱烈なファンと、静観派が議論⋯⋯というか、言い争っていた。
「別に私は平気。次の冬季オリンピックで引退する予定だから。学校は元々バレてるし」
宇那手が気怠そうに席へ戻ると、錆兎は顔を顰めた。
「引退? まだ早く無いか? 大体二十四くらいまでは──」
「やめて!!」
宇那手は机を拳で殴った。その数字は⋯⋯その数字だけは聞きたくなかった。
「やめて。⋯⋯私は長生きしたいの。今は体に相当負荷が掛かっている。⋯⋯楽になりたいの」
元々芸達者な母の影響で始めさせられた、習い事の一つだった。宇那手は器用な性格で、ピアノのコンクールでも賞を取っていたし、学校の書写や美術の表彰も受けていた。
フィギュアスケートが殊更注目されたのは、限られた者しか知らないはずの舞を、全て完璧に記憶していたこと、身体の使い方が上手かったこと、年齢に不相応な記憶があり表現に深みがあったことが要因だろう。
「私は楽な道を選んじゃ駄目なの? 特別な職業じゃなきゃ駄目? 錆兎もそう思うの?」