第104章 始
火憐は、物心付いた直後から、自分は変わっていると自覚していた。妙に鮮明な記憶が、頭の中にあるのだ。
鬼狩り⋯⋯鬼殺隊⋯⋯。その記憶は、鬼殺隊見聞録の内容と寸分違わず一致した。
夢では無い。記憶だ。前世の記憶だ。
彼女は、幼馴染の義一たちと同じ高校へ進学したが、進路に迷っていた。
「火憐ちゃん、志望校決まったー?」
真菰の声に、宇那手は苦笑を返した。
「どうしたら良いか、悩んでいるの」
「スケートは辞めるのか?」
錆兎が眉を顰めた。
「折角人には無い才能があるんだ。誰でもなれる職に就くのは嫌味だぞ」
「⋯⋯そうだね」
宇那手は、フィギュアスケートの国際大会で、既に金メダルを二個貰っている。
小柄であるにも関わらず、常人離れした持久力と体の使い方で、男子シングルのベストスコアに並ぶ成績を打ち出しているのだ。
それを可能にしているのは、記憶と身体に染み付いている呼吸だ。正しい呼吸を使用していれば、どれだけ動いても疲れない。
「火憐、これ、アンケート」
義一がプリントを突き出して来たので、宇那手は、思わず飛び上がってしまった。
彼は、記憶の中の伴侶に、あまりにもそっくりなのだ。
「ありがとう」
一応受け取って、目を通した。
(大学は、推薦で行ける。⋯⋯医学部があると良いんだけど)
彼女には、一つだけ、やり残した事があった。今も尚、何処か日の差さない場所で絵を描き続けている人がいる。
そして⋯⋯
宇那手のスマホのロック画面には、姉と撮影した写真が表示されていた。姉は有名な画家のモデルにそっくりだという理由で、マスク生活を余儀なくされている。折角の美人なのに、もったいない。
画面を眺めていると、メールの通知が来た。