第102章 帰還
「⋯⋯」
鋼鐵塚は、なんと沈黙した。宇那手は驚いて、前のめりになった。
「は⋯⋯鋼鐵塚さん? 何処か具合が──」
「俺は刀を打つことが苦手だった」
「え?」
「⋯⋯刀の研磨については、里で一番の腕を持っていると、自信があった。だが、刀を打つ事に関しては⋯⋯」
「⋯⋯素晴らしい刀でした。刃こぼれ一つ無い」
宇那手は、穏やかな表情で、最も軽く、頑丈な刀を差し出した。
「これは、このまま私がいただいても構いませんか? 家宝として、末代まで遺します。貴方は、二人も剣士を生かしてくれました。竈門君と私。最も優れた剣士の職人だったんです。どうか自分を誇ってください」
「感謝する。⋯⋯そして、聞いてくれ!」
鋼鐵塚は、ひょっとこの面を外した。瞬間、人知れず冨岡は目を見開いていた。長年、ただの変人だと思っていた刀鍛冶職人が、とんでもなく眉目秀麗だったことに、驚いたのだ。
柱の中でも、特に整った容姿をしていた時透をも凌いでいる。
「俺の嫁に来い!」
「嫌」
宇那手の返答は至って簡潔であった。
「貴方は癇癪を起こして、手負の隊士に包丁を向けて追いかけ回したでしょう? 私は自分の子供を、そんな危険な目に遭わせたくありません。それに、私は呼吸を使い過ぎた副作用で、七年後には死にます。真っ当な人を探してください」
「そうか! 俺は帰る!!」
「帰るな」
宇那手は、目にも留まらぬ速さで鋼鐵塚の服を掴んだ。
「今、暇ですよね? 仕事を頼みたいんです。貴方が無理なら、他を当たりますが。まあ、気の短い人には無理か」
「おい、何が無理だって? 仕事? 刀か?」
「いえ。これを」
宇那手は、脇机に置いてあったタイプライターを差し出した。
「軽量化して欲しいんです。性能はそのままに。持ち運びたいんです。軽量化は、貴方の特技ですよね? 貴方なら出来ますよね?」
彼女の言葉には棘があった。それは、鋼鐵塚に発破を掛ける為のものであった。
「分かった。引き受ける。その妙な機械を貸せ」
「ありがとうございます」
宇那手は、タイプを預けると、少し首を傾けた。
「お幸せに、鋼鐵塚さん。鉄穴森さんや、小鉄君にもお伝えください」
「おう!」
鋼鐵塚は、タイプライターを抱えて部屋を出て行った。