第101章 ※鬼というもの
手際良く犯人を縛り上げ、銃を奪うと、近くの席から乗客を追い出し、男を放り込んだ。
「俺が見張っています」
左腕と眼球を失った隊士が申し出た。彼は日輪刀の鞘で男の頭をぶん殴ったらしい。身体的な問題を抱えていても、呼吸を使えば常人離れした力を発揮出来る事が証明された。
「大丈夫です。俺は早くに戦線離脱したので、体力は落ちていません。人間なら取り押さえられます」
「でも、まだ怪我が──」
「俺が交代で見張る」
冨岡は顔色を失って名乗り出た。
「⋯⋯やめてくれ、火憐。これはお前の仕事では無い。⋯⋯呼吸を使おうとしただろう?」
「弱い者を守るのが、強く生まれた者の使命ですので。⋯⋯それに⋯⋯この列車を利用している方の中には、煉獄さんに守られた者もいるはず。あの人が命を懸けて守り抜いた者を、私も守りたかった」
宇那手は袴を整えると、ぐるりと座席を見回した。皆、恐る恐る顔を出して様子を伺っている。
「もう大丈夫ですよ。次の駅で警官に引き渡します」
彼女は穏やかな声色で告げ、銃口を向けられていた夫婦に近付いた。
「怪我はありませんか?」
「⋯⋯足首を捻ってしまって」
女性が恐る恐る囁いた。宇那手は一旦自分の席に戻り、荷物を取って来た。
「ごめんなさい。塗り薬を作りたいのだけれど、清潔な水が無いので。錠剤を飲めますか?」
「はい」
「でしたら、痛み止めを出しますね。あくまで、痛みを感じなくなるだけですので、すぐに医者に診てもらってください。包帯で固定しますので、歩ける様にはなりますが、無理をしないでください」
宇那手は、手際良く処置を終えた。夫婦は謝礼をすると申し出たが、宇那手は首を横に振った。
「必要ありません。その代わり、警官に証言をお願いします。私は車掌に事情を話して来ます。⋯⋯まあ、あの方は前の車両から来ましたので、ご存知かもしれませんが」
彼女は、蝶の様にふわりと立ち上がり、一礼して、風の様にその場を後にした。