第101章 ※鬼というもの
「や⋯⋯やめ⋯⋯」
宇那手は、嫌でも昨晩の行為を思い出し、肩を震わせた。
「やめて⋯⋯っ⋯⋯あっ」
彼女は小さく全身を震わせた。
(嘘⋯⋯。私、これだけで⋯⋯)
「昼間の礼だ」
冨岡は少しだけ顔を上げて、真顔で囁いた。
「着くまで、続けても構わない。⋯⋯ああ、そうか」
彼は宇那手の隣に掛けると、彼女を窓際に押しやり、肩に腕を回して顔をなぞった。
「こうやってお前の良い所を──」
瞬間、列車内に悲鳴が響き渡り、宇那手は冨岡の腕をするりと抜けて、通路に飛び出していた。
「大丈夫ですか?」
彼女は両手を挙げて蹲っている夫婦に歩み寄った。その先には、銃を構えた男がいる。状況的に考えて、強奪を目的とした乗っ取り行為だ。
(鬼がいなくなったら、人が鬼になった⋯⋯)
宇那手は、心の底が冷たくなるのを感じながら、犯人を見据えた。
「目的は? 金?」
「ああ。物分かりの良いお嬢さん。ただでさえ、戦争で物流が滞っているってのに、会社が騒ぎを起こしてね。仕事は干され、女房は出て行った」
「席へ座って。何処でも良いから」
宇那手は、銃口を向けられた家族を無理矢理立ち上がらせて、追い立てた。
「脳味噌を引き摺り出されたく無い人は、大人しく座っていなさい!!」
彼女は厳しい口調で乗客に命じた。そして、壮年の男と向き合った。
「何のために、幾ら必要なの?」
「幾らあっても足りねぇな」
「動機には同情します。ですが、金銭の用途が不明瞭過ぎる。死ぬまで慎ましく暮らす金が必要なのか、次の職を見つけるまでの生活費が必要なのか」
(この男が鬼舞辻の貿易会社にいたのなら、産屋敷家の膿でもある。私にも責任がある)
「⋯⋯一先ず、振出手形百円分を持っていますので、乗客の命は保証してくださ──」
言い終える直前に、男は白目を剥いて前に倒れた。
背後から、先に帰ったはずの隊士が姿を現した。
「危ない! 貴女は本当に無茶をする!!」
「助けてくださって、ありがとう。冨岡さん! 縄、持っているでしょう?!」
宇那手の呼び掛けで、やっと冨岡は動けた。彼は、刀を持たずに、悪党に立ち向かう気概が無かった事に衝撃を受けていた。