第100章 ※一夜
浅草で良い宿が取れ、宇那手は上機嫌だった。湯浴みを済ませ、食事を終えると、まるで子供の様に鼻歌を歌いながら布団に大の字になった。
「はあー。気持ちが楽になりました。鬼もいないし、もう怖いものなんて無い」
「部屋の鍵くらい掛けてくれ」
「ごめんなさい」
「それから、自分の布団へ行け」
「嫌です。私の好きにして良いって仰ったじゃないですか」
「⋯⋯それでも、俺は反対だ」
冨岡は頭を掻きながら、宇那手の目の前に正座した。
「少しでも長く、お前と共にいたい」
「先に亡くなるのは、多分冨岡さんですよ? 私を一人にするつもりですか?」
「そう考えていないだろう?」
「じゃあ、言い方を変えます。人生最後に抱かれたのが、鬼舞辻無惨だなんて、私は堪えられません」
「⋯⋯っ」
冨岡は言葉を失い、狼狽えた。宇那手は、まるで猫の様に冨岡の胸に縋り付いた。
「もう、私の事が嫌いですか? 内心嫌悪していますか?」
「そうじゃない。ただ、身体が心配ないだけ──」
「心も心配してください! 私、忘れたいんです。貴方が良い!! 冨岡さん、賭けをしましょう」
「賭け?」
「今日は、一番出来やすい日なんです。今日、出来なければ、私が諦めます! お願いします!! 最後に、一度だけ私を──」
冨岡は、宇那手の頭を抱きこんだ。自分の煮え切らない態度が、宇那手を苦しめていると分かっていた。
「分かった。⋯⋯だが、今日無理をする必要は無い。来月でも、再来月でも構わない。だから、苦しければ、すぐに言え」
彼は宇那手の袴をはだけさせた。左腕を除けば、一見何の傷もない、健康な娘に見える。首の痣も随分と薄くなった。
(俺が守ってやれていれば⋯⋯。十二鬼月を斬らせなければ⋯⋯。胡蝶を取り押さえろと命じなければ、柱合会議には呼ばれなかった。お館様が、扱いを改める事もなかった。柱になど⋯⋯ならずに──)