第99章 最終任務
宇那手は、書類を差し出した。麗はそれを受け取り、体を震わせた。考えてもいなかった。屋敷まで人の手に渡ってしまう可能性を。女性である自分が、どれほど弱い立場にあるか。これまでの生活は、形ばかりでも男主人がいたから、成り立っていたのだ。
「⋯⋯私⋯⋯私は⋯⋯何も出来ない人間なのね⋯⋯」
麗の言葉を聞いた宇那手は、悲痛な面持ちで、口を開いた。
「しばらく休養を取る必要がありそうですね。心を休ませてください。その間は、私が個人的に貴女を支援します。ですが、必ず立ち上がってください。先ほどもお話ししましたが、私は七年後に死ぬ可能性が、極めて高い。二十五が寿命なら、冨岡さんも三年後には⋯⋯。私達も、前を向いて歩き出さなければいけません。時間は待ってくれませんから」
言い終えると同時に、宇那手は小さく咳をし、ほんの僅かに血を吐いた。
「火憐!!」
冨岡は顔色を失ってハンカチを差し出した。
「だから言っただろう!! まだ休息が必要だと!!」
「もうこれ以上は良くならないと、愈史郎さんにも言われたでしょう?」
宇那手は、努力して微笑み、麗に向き直った。
「安心してください。うつりませんから。呼吸については、聞きましたよね? 私はそれを使用し続けた結果、左の肺の一部が壊死しているんです。⋯⋯もう時間が無い。私も、可愛い娘が欲しいです」
「駄目だ」
冨岡は宇那手の両肩を掴んだ。
「駄目だと言っただろう?! お前が死んでしまう!!」
「決めた事です。私はこの命を繋ぎます。⋯⋯私たちの子供は、幼くして両親を失ってしまうでしょう。私たちと同じ苦しみを背負わせる事になる。それでも私は、自分の人生を愛せたから、きっと生まれて来る子供も、生きる事を愛してくれる。⋯⋯さあ、話は終わりましたから、後は書庫を見せていただきます」
宇那手は立ち上がった。その腕を、麗は縋る様に掴んだ。
「仕事を紹介してください!」
「でも──」
「貴女からの支援は受けられません!! 少しでも、良い環境で治療を受けてください!! 私は読み書きが出来ます!! 簡単な計算も!! お願いします」