第98章 継ぐ子の役割
「柱と一般の隊士の間には、常に大きな壁がありました。命令、辞令、指示によって殺しに行くのと、自ら殺しに行くのとでは、傷付く場所が違うんです。私達は、自分の頭で考え、能動的に活動する事に慣れ切ってしまっている。⋯⋯だからこそ、私には、世間の歪みや、網目が大きく見えてしまうんです。私は女性で、身体が弱く、ぞっとする様な傷跡が左腕にあります。世間が私に要求する事は、美しくある事です。どんな職に就くにしても。男性と同じだけの教養を身に付けていようと、その点は一切考慮されません。私は、刀を捨てて、そんな世界に生きて行かなければならない事が、吐き気がする程嫌なんです」
冨岡は、反論出来ずに口を噤んだ。彼は、鬼のいない世界を生きる事を、真剣に考えた事が無かった。どうせすぐに死ぬと思っていたし、鬼の存在を知らずに暮らす人々は、何処か遠くの存在の様に思えて、自分がその中に交わる事など、想像もしなかった。
女で、傷だらけで、高い教養と向上心を持つ宇那手にとって、この世界は⋯⋯この国は、あまりに息苦しいのだ。彼女が自立した人間であるからこそ、抱いた苦しみが、ようやく心に沁みた。
「⋯⋯分かったつもりになっていた。すまない」
冨岡は、宇那手の頭を抱き寄せ、絡れた髪を指で梳いた。
「多分、完全に理解してやる事は出来ない。それでも、ただ一つ、お前はまだ身体が回復していないという事が分かった。本来のお前なら、そんな息苦しい世界を、丸ごと創り変えるくらいの気概は持てるはずだ。誰もやった事の無い事をやるのは、得意だろう?」
彼の言葉に、宇那手は目を見開いた。冨岡は微笑し、唐突に布団の中に潜ろうとした。
「待って!! 私、汚してしまうかも知れせません!!」
宇那手は慌てて彼を押し退けようとしだ、呼吸の上乗せが無い腕力では敵わなかった。
「義勇さん!! 駄目!!」
「もう良い。この隊服を着ることは、二度と無いからな。それに、お前を存分に甘やかしてやりたい」
「義勇さん! 私、大丈夫ですから!!」
「お前の甘え方は、身食いをする獣の様で、見ているのが辛かった。だから、こうさせてくれ」
冨岡は、腕枕をすると、宇那手の顔を至近距離で見詰めた。