第98章 継ぐ子の役割
宇那手が、自由に動き回れる様になったのは、あれから更に半月後だった。炭治郎も一度目を覚まし、容体は安定している。生き残った隊士は、皆助かった。
「アオイさん。この家の事は、どなたに伺えば良いでしょうか?」
宇那手は、すっかり精神状態も安定し、以前の様な穏やかな性格に戻っていた。
「私かカナヲに聞いてください。何かお困りですか?」
「カナエさんの形見が残っていれば、少し譲っていただきたいんです。厚かましいお願いですが⋯⋯。それから裁縫道具も」
「分かりました。ご用意します。あまり動き回らないでください。正直、私は鬼の薬をそれ程信用していません。⋯⋯実際、貴女の身体は元通りになっていません」
「時間が掛かると思うわ。三年間も壊れっぱなしだったから。でも、最近体調や気分に、波を感じる様になって来たの。大丈夫だと思う」
宇那手は、春の空気を吸い込んだ。
「あー! 火憐さん!」
元気になった禰󠄀豆子が、姿を見つけるなり、駆け寄った。
「まだ寝ていないと駄目ですよ!」
「退屈なのよ。退屈過ぎて、死んじゃいそう」
「冨岡さんは来ていないんですか?」
「実弥さんがいるので、家に帰しました。喧嘩をされても困るので」
「あははは! 火憐さんがお姉さんみたいですね!」
屈託の無い禰󠄀豆子の笑顔を見る度に、宇那手の胸は痛んだ。
鬼舞辻が死んだ瞬間、国中にいる、呪いを掛けられた鬼たちが、一斉に滅んだ。薬を投与すれば、救えた者も多くいただろう。
「とにかく! 部屋に戻ってください! 羽織と裁縫箱を用意しますから!」
アオイは、遠慮がちに宇那手の背を押した。宇那手は、大人しく従った。
禰󠄀豆子は、彼女の複雑そうな表情を見て、ずっと胸に秘めていた想いを打ち明ける事にした。
病室に戻り、ベッドに座った宇那手の向かいに、禰󠄀豆子も腰を下ろした。
「私、ずるいのかな? 私だけが助かって、やっぱり恨まれているのかな?」
「⋯⋯どんな傷や病にも、必ず治療薬がある。その言葉を、私や愈史郎さん、アオイさん、カナヲが信じられるのは、貴女が助かったから。恨んでいる人なんて、いませんよ」
宇那手は、人を思いやる余裕を取り戻していた。