第90章 無限城
宇那手は息を呑んだ。
胡蝶しのぶは、死の淵にいた。彼女は空を見詰めていた。
童磨は背を向けている。宇那手は、闘気、気配、足音、全てを消して胡蝶に歩み寄った。
「しのぶさん」
「⋯⋯っ」
声を発することすら叶わなかったが、胡蝶は目を見開いた。
「大丈夫。やれます。大丈夫。頑張って」
宇那手は、冨岡や産屋敷に処方したより多量の鎮痛薬を胡蝶に打ち込んだ。もう、それしか出来る事は無かった。
どんな治療を施しても、胡蝶は助からない。
「あとは任せて」
宇那手の声を皮切りに、胡蝶は執念で立ち上がった。童磨は一見褒める様で、相手を蔑める言葉を放った。
胡蝶は、渾身の突きを繰り出した。しかし、どんな攻撃も、微量の毒も童磨には効かなかった。
ついに力尽きた胡蝶を、童磨は笑顔で抱き締めた。
「えらい!! 俺は感動したよ!! こんな弱い女の子がここまでやれるなんて!! 姉さんより才も無いのに、よく鬼狩りをやってこれたよ!! 今まで死ななかったことが奇跡だ!! 全部全部無駄だというのに、やり抜く愚かさ。これが人間の儚さ、人間の素晴らしさなんだよ!! 君は俺が喰うに相応しい人だ。永遠を共に生きよう! 言い残すことはあるかい? 聞いてあげる!」
「地獄に堕ちろ」
胡蝶が最期の言葉を紡ぐと同時に、部屋の襖が開いた。
(まずい!)
「動くな!!」
宇那手は札を捨て去り、刀を抜いた。
(水炎の呼吸、拾壱ノ型、流炎舞)
彼女はカナヲの元へ駆け付けた。カナヲは胡蝶が残した最期の指文字を見て息を止めていた。
骨が砕ける嫌な音と共に、胡蝶の刀が床に落ちた。
「師範!!」
カナヲは金切声を上げた。