第90章 無限城
「ああ。此処で休むと良い。鳴女が傍でお前を守る」
鬼舞辻は機嫌良く返し、地図を睨んだ。
(ようやく殺せる。しかし、何をして来る? 柱による総攻撃か? 火憐はどう動く?)
この二ヶ月、宇那手は全く不審な様子を見せなかった。常に鬼舞辻に献身的で、陰日向なく振る舞っていた。
「何にせよ、産屋敷の居所を暴いた。相応の敬意を持って接してやろう」
殺すにせよ、喰うにせよ、一撃で済ませると決めた。
日が暮れると、鬼舞辻は宇那手を伴い、産屋敷邸を訪れた。
「変です」
宇那手が小声で囁いた。
「元々隊士は常駐していませんが、隠⋯⋯事後処理部隊が一人も配置されていない」
「お前は此処にいろ」
鬼舞辻はそう命じると、単身屋敷の中へ入って行った。
「⋯⋯珠世さん」
宇那手は、小さな声で囁いた。
「近くにいますね? 私はどうすれば良いですか?」
「札を。予定通り、身を隠してください」
珠世が、姿を隠したまま、宇那手の横に歩み寄った。
「生身では危険です。もう少し離れてください。柱の方が、一人隠れていらっしゃいます。貴女の背負袋も其処に」
「分かりました」
宇那手は素直に従い、目眩しの札を身体に貼り付けた。札を貼り付けた者同士は姿が見えるらしく、不安げな珠世の顔が目に映った。
「お傍にいましょうか?」
宇那手の申し出に、珠世は首を横に振り、簪を差し出した。
「これを、愈史郎に渡してください。私は、恐らく鬼舞辻に殺される。あの子をお願いします」
「かしこまりました。これまで、ありがとうございます」
宇那手は頭を下げると、屋敷の外へ飛び出した。かなり神経を研ぎ澄ますと、近くに悲鳴嶼がいる事が分かった。
「悲鳴嶼さん。私です。火憐です」
「火憐! 無事だったのか!」
「当たり前です。袋を渡して、手短に計画を教えてください」
「お館様は屋敷ごと、鬼舞辻を爆破するおつもりだ。既に輝利哉様は他所へ移られている。屋敷には、あまね殿と、ご息女お二人が残られている。混乱に乗じて、鬼の医者が鬼舞辻に薬を投与する。私は鬼舞辻の足止めを命じられている」