第90章 無限城
「それで、刀を此方に残したのですね」
あまねはすぐに私室へ退がった。宇那手は、気力で生き延びている産屋敷に笑い掛けた。
「もう、楽になれます。あと一晩。⋯⋯強力な痛み止めを処方しました。これを使えば、貴方の寿命を劇的に縮める事になります。⋯⋯使わせていただけますか?」
「⋯⋯何故⋯⋯君は⋯⋯最期まで⋯⋯。私を許せるのかい?」
「誰を許すべきなのか、私には分かりません。ですので、その場で最善の道を選ぶ事にしました。今、目の前で苦しんでいる貴方を放ってはおけません。⋯⋯最期に話がしたいでしょう? 鬼舞辻無惨と」
「⋯⋯薬を⋯⋯薬を使っておくれ」
「かしこまりました」
宇那手は、腕の包帯を外して薬を打った。産屋敷の皮膚は酷い有様だった。
「可能な限り、処置をさせていただきます。包帯は取り替え、皮膚を清めます。身体が楽になっても、病が治ったわけではありませんので、無理に話さないでください」
「⋯⋯ごめんね」
産屋敷は、ただ一言そう言った。宇那手は、何とも言えない心境で治療を進めた。
(この人も苦しんで来た。生き方を選べなかった⋯⋯)
先代が重責に堪えきれず自殺してから、ずっとお館様として生きて来たのだ。数百年もの間に出した犠牲や、積み重ねて来た物を思うと、立ち止まる事も、違う道を行く事も出来なかったのだろう。
「もう、良いのです。私は、誰も恨んでいません。貴方も⋯⋯自由になって良いんです。私が全て背負います。呪縛から逃れ、好き勝手やって来た産屋敷の末裔として」
「いけません」
刀を手に戻って来たあまねが、強く否定した。
「私たちは決めました。もうこれ以上、子供達には何も背負わせないと。誰よりも傷付いて来た貴女は、誰よりも自由にならなければいけません。もう決めた事です。私は全てを知った上で、自分の意思で此処へ嫁ぐと決めました。お願いします。どうか、生きる事を考えてください。鬼のいない世界を⋯⋯どうか生きてください。これまで守れなかった子供達の分も、生きて、幸せに──」