第89章 激怒
「昨晩は特に苛烈だった。俺も想定外だ」
愈史郎は、顔を覆って机に肘を付いた。
「珠世様も驚いていた。鬼舞辻は、心からアイツを愛している様に見えた。勿論、他人の心境は顧みない、身勝手な感情だが、それでも、ヤツにそんな心があった事に驚いている」
「⋯⋯っ!!」
冨岡は、近くにあった湯飲みを、握力のみで粉々にしてしまった。強い怒りと、悲鳴嶼にも匹敵する闘気に、不死川は冷や汗をかいた。
「⋯⋯戦える状態か?」
冨岡の言葉は意外な物だった。愈史郎は頷いた。
「問題ない。経緯は省くが、鬼舞辻は刀の携帯を許可した。鍛錬を続けている。屋敷では、手厚くもてなされている」
「なら、良い」
「どういう意味だァ?!」
不死川は、弾かれた様に冨岡に掴みかかっていた。
「戦えれば、それで良いってかァ?!」
「戦って、勝ち、生き残れば、それで良い」
冨岡は、珍しく足りない言葉を補った。
「その後は、片時も離れない。アイツが、また魘され、泣き叫ぶのなら、何度でも抱き起こす。堪えきれず、死を願うなら、共に死ぬ。だが、これだけは譲らない。最期に抱くのは俺だ。俺は怒りで思考に蓋をする。⋯⋯だから教えてくれ。昨晩何があった? お前はどんな情報を託された?」
「赫刀は分かるかァ?」
「発現条件も把握している」
「鬼舞辻には、心臓が七つに、脳が五つある。赫刀で、同時に心臓七箇所を攻撃する事で、回復や、動作を遅らせる事が出来るはずだァ」
「怠慢だな」
愈史郎は、ようやく顔を上げて呟いた。
「珠世様の話を聞く限り、無惨は戦国の時代から身体の造りを進化させていない。⋯⋯懸念すべき点は別にあるが、それは俺たちがなんとかする。赫刀をなんとか発現させろ」
「分かった。⋯⋯昨晩は何があった? 鬼舞辻がアイツに手を出す事は、予測していた。恐らくお前たちも分かっていたはずだ。だが、その予想も上回る程──」