第88章 真の狂人※
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悲鳴嶼の屋敷で、不死川は震えていた。怒りで感情の収拾がつかなくなっていた。
朝、宇那手は札を外さぬ様、指示を出していた。
宇那手が鬼を人間に戻す様子と、そこから続く地獄の様な光景を、二人はずっと見ていた。目を閉じても無意味だった。札を外さない限り。
いや、そもそも宇那手が逃れられぬ地獄に一人でいると言うのに、目を逸らす事は許されなかった。
「駄目だァ! 限界だ!! もうこれ以上は引き伸ばせねェ! 稽古を中止するべきだ!!」
「駄目だ。まだ、誰一人として冨岡の元へ辿り着いていない。竈門炭治郎と胡蝶の継子⋯⋯それから、雷の呼吸の使い手を待つべきだ」
悲鳴嶼は、涙を流しながら答えた。
「クソ!!」
不死川は、地面を蹴り飛ばした。
「なんで俺には痣が出ねぇんだァ?!」
「今以上に、本気になれという伝言だろう。努力が足りんのだ。あの娘の、痛ましい自己犠牲に見合うだけの、努力が⋯⋯。正直、私も足りているとは言い難い」
「どうしたら助けられる?!」
「此方の状況を、火憐に知らせる術があれば⋯⋯。終わりが見えていれば、苦痛も緩和される事だろう。この状況を変えられるのは、火憐自身だ。あの娘が、鬼舞辻にお館様の居所を伝えれば、終わる」
「⋯⋯札を入れ替えれば良い」
不死川は、珍しく深く思考し提案した。
「アイツはそもそも、どういう経路で札を入手している?! 鬼舞辻は、間近で血鬼術が使われている事に、何故気付かない?! ⋯⋯また鬼の医者かァ!」
彼は一人で答えを出し、頭を掻きむしった。
「鬼舞辻無惨!! 殺してやる!! 許さねェ!!! 」
「⋯⋯」
悲鳴嶼は、札を外して俯いた。
(限界だ。あと半月保つかどうか⋯⋯。お館様の命とはいえ、この様な酷い状況を看過するわけには⋯⋯)