第88章 真の狂人※
「⋯⋯君の話は難解だね」
童磨は、初めて偽りの笑みを拭い去った。完全に無表情になった。
「君も美しいよ。俺の方が圧倒的に年長者で、力も強いのに、抱き締めて欲しくなる。綺麗なのに、胸が⋯⋯ぐっと苦しくなる。壊してしまいたくなる」
彼は宇那手の首を掴み、押し倒した。きつく締め上げ、淡々と言葉を紡ぐ。
「俺は最初からこうだった。産まれた時から、不快か、そうでないか程度しか感じない。どういうわけか、君は両方に当てはまる」
「⋯⋯っ」
宇那手は、圧倒的な力に圧されて、もがく様に手足を動かす事しか出来なかった。
(失敗⋯⋯だった⋯⋯。死ぬ⋯⋯。こんな⋯⋯つまらない⋯⋯理由で⋯⋯)
「ねえ、火憐ちゃん。鬼にならない? 君なら、完璧な鬼になれるよ! 傍にいる事で、きっと深く理解し合えると思うんだ」
「はな⋯⋯し⋯⋯」
宇那手は呼吸を使う事も出来ずに、足掻いた。出来る事は限られていた。絶対に取りたくない行動。しかし、望まれている行動。
「⋯⋯無惨!!」
彼女が残りの酸素を全て使い果たして叫ぶと、鬼舞辻は鬼の形相で童磨を睨んだ。
宇那手は、鬼舞辻の傍らに連れ戻されていた。首に残った指の跡と、虚な表情を見て、鬼舞辻は彼女を抱き起した。
「意識はあるな? 首の骨は──」
「問題⋯⋯ありません」
「何か得るものはあったか?」
「⋯⋯ええ」
宇那手は、小さく頷いた。童磨が猟奇的な鬼になってしまったのは、運が悪かったからだ。心が真っ新であったならば、鬼狩りの首領と出会っていれば、そちらの思想に傾倒していただろう。
人間だった頃の、全ての巡り合わせが不運な物だったのだ。ただ、それだけだ。カナヲも、胡蝶姉妹に保護されていなければ、童磨の様になっていたかもしれない。
突然、鬼舞辻は童磨の首を吹き飛ばした。
「童磨⋯⋯童磨! 貴様は何を考えている?!」
「やめて!!」
宇那手は、鬼舞辻の腕を掴んだ。
「やめてください!! 貴方はこれ以上上弦を失えない!! 意味の無い行為はやめて!!」
「気味の悪い女だな」
鬼舞辻は、それでも宇那手を手放さずに呟いた。
「その慈悲深さ⋯⋯。鬼を憎みながらも、嘘偽りのない憐憫。お前は本当にただの人間なのか?」