第88章 真の狂人※
「此処で待っていてください」
宇那手は、鬼舞辻にそう言うと、一人寺へ足を踏み入れた。
小さな、子供の姿をした鬼が震えていた。
「また、鬼狩り?!」
「こんばんは、お嬢さん。私は鬼狩りの柱で、医者です。少しお話をしませんか?」
宇那手は、離れた位置に座った。
「まあ、見たところ、二十人程度は喰っていますね? 貴女はどうして鬼になってしまったんでしょう?」
「知らないわよ! 気付いたら、家族がみんな死んでいた! 私だけが生きていた! た⋯⋯堪えられなかったのよ!! 私が殺したんじゃない!! もう死んでいたのを食べただけ!! 我慢できなかったの!! 私は⋯⋯」
「落ち着いてください。私は首を斬りに来たわけではありませんので」
宇那手は袖から薬の入った木箱を取り出した。
「まあ、でも、その後食人を続けていますね? 隊士も喰っている。貴女が餓死を願っていたなら、天国へ逝ける様に祈ることも出来たのですが」
「仕方がなかったのよ!! 死にたくなかったから、殺そうとして来たヤツは、殺すしかなかった!! 殺したら⋯⋯血の匂いを嗅いだら⋯⋯堪えられなくて⋯⋯それで⋯⋯」
「私は貴女を人間に戻してあげる事が出来ます」
宇那手は、刀を置いて、慎重に鬼の娘に近付いた。
「ですが、良く考えてください。貴女は身内を失い、人の命を奪っている。それでも、生きて行けると⋯⋯生きたいと思いますか? 私は痛みの無い方法で、首を斬って差し上げられる。貴女は──」
「人間に戻れるの?! 普通に戻れるの?! 太陽の下を歩けるの?! もう⋯⋯殺さなくて良いの?!」
少女は切実な声色で叫んだ。宇那手は頷いた。
「戻れます。ですが──」
「戻して!!」
少女は躊躇なく返した。
「人間に戻して!! 私は、人間に戻って死にたい!!」