第87章 着いて行く
「あの年に俺は、俺と同じく鬼に身内を殺された少年⋯⋯錆兎という獅子色の髪の少年と共に選別を受けた。⋯⋯火憐と同じだ。心優しく、正義感の強いやつで⋯⋯。あの年の選別で死んだのは、錆兎一人だった。あの山の鬼を、殆ど一人で斬ってしまったんだ。俺は早々に気を失って、目覚めた時には、選別が終わっていた。一体の鬼も倒さず、助けられただけの人間が、果たして選別に通ったと言えるのだろうか。俺は水柱になって良い人間じゃない。錆兎や、火憐こそ、柱に相応しかった。しかし、俺は二人とも守れなかった。死なせてしまった」
ようやく炭治郎は口を塞いだ。着いて来るのもやめた。
(すまない、炭治郎。火憐を喪って、前を向いて歩けるお前が、どうしても許せない。笑って生きている事が⋯⋯どうしても⋯⋯)
冨岡も、本当に宇那手が死んでいたとしたら、今度こそ気が触れていただろう。姉の死が前向きさを、錆兎の死が笑顔を奪ったのと同じ様に、宇那手がこの世から消えて無くなれば、正気を失っていた。
「ぎ⋯⋯義勇さんは、託されたものを、繋いで行かないんですか?」
炭治郎のその言葉に、冨岡は足を止めた。そんな事、とうの昔に決めていた。
炭治郎が、どんな思考の末、その言葉を選び取ったのか、知る由も無かったが、冨岡は歩みを止めた。歩き出すきっかけを得られた。
「炭治郎、遅れてしまったが、俺も柱稽古に──」
「義勇さん、ざる蕎麦早食い競争しませんか?」
「なんで?!」
冨岡は、思わず口に出してしまった。かつて、命を懸けて守ろうとした後輩の思考が、何一つ分からなかった。
炭治郎は、相変わらずニコニコしながら、蕎麦屋に入り、自分の刀の色の意味を、宇那手から教わったと話した。
「凄いですよね! もう黒い刀に戸惑う必要も無いです! 火憐さんの最後の刀も、黒に変わったんですよ?! 絶対にこの刀で鬼舞辻無惨を討ち取ってみせます!!」
「⋯⋯慢心するな」
冨岡は、釘を刺した。
「日の呼吸は、体力を消耗するのだろう? 現状使い手はお前しかいない。⋯⋯火憐が生きていれば⋯⋯」