第87章 着いて行く
桜里は、慎重に冨岡の様子を観察していた。皆が柱稽古に打ち込む中、彼女だけは、冨岡の屋敷に留まった。
半月程経ち、冨岡が日中刀を振り出した時、彼女は遂に声を掛けた。
「冨岡さん。私も宇髄さんの元へ参ります」
「そうか」
「その前に、師範からお預かりしていた物を、お渡しします。随分、落ち着きを取り戻した様ですので」
桜里は、最後の晩、宇那手から預かっていた簪を取り出した。
「全て、血鬼術の影響を遅らせる薬を染み込ませていると仰っていました。必ず、貴方に渡す様に、と。それから、全ての柱の方への伝言です。相討ちになるくらいなら、逃げろ、と。少なくとも鬼舞辻はそうするだろう、と。以上です」
彼女はそれだけ伝えると、既に纏めてあった荷物を持って、出て行ってしまった。冨岡は、本当に一人きりになった。
しかし、そのお陰で、ようやく気を緩める事が出来た。
(無事なんだな、火憐。⋯⋯生きて⋯⋯いるんだな⋯⋯)
改めて、寂しさに押し潰されそうになった時、けたたましい声が屋敷の入り口から響いた。
「ごめんくださーい! 冨岡さーん! こんにちはー! すみませーん!」
(来たな⋯⋯)
冨岡は刀を収めてがらんとした居間に戻った。爆音は止まない。
「義勇さーん! 俺ですー! 竈門炭治郎ですー!」
(なんて返せば良い? 追い返せば復帰のきっかけを失う⋯⋯)
「こんにちはー! じゃあ、入りますねー!」
(入りますだと?!)
冨岡は大汗を掻いた。普通身内を亡くして落ち込んでいる者の屋敷に、つかつかと上り込んでは来ないだろう。
(どう接するのが正解なんだ?!)
彼が酷く混乱している間に、炭治郎は屋敷に上がり込み、現状報告をした。満面の笑みで。
「ていう感じで、みんなで稽古しているんですけど」
「知ってる」
「あ! 知ってたんですね! 良かった! 俺、あと七日で復帰許可が出るから、稽古付けてもらって良いですか?」
「つけない」
流石にすぐに承諾しては、怪しまれると思い、拒絶したが、これが誤りだった。
炭治郎は引き下がらなかった。
「どうしてですか? じんわり怒っている匂いがするんですけど、何に怒っているんですか?」