第86章 正体
「麗さん」
宇那手は、小さな声で呼び掛け、寝室の扉を開けた。麗は、静かに涙を流していた。
「火憐さん⋯⋯。貴女は、何のために此処へ来たのですか? あんな⋯⋯怪我を何度も何度も負わされて⋯⋯」
「⋯⋯貴女を守るためです」
宇那手は、麗の隣に腰を下ろした。
「私は鬼殺隊の最高戦力。鬼の脅威に晒される人々を守るのが仕事。貴女と、娘さんを守りに来ました。⋯⋯実を言うと、鬼舞辻無惨⋯⋯月彦さんは、かなり力の強い鬼です。殺す事は極めて難しい。不可能に近い。殺せないのなら、制御するしかない。それが、私の本心です」
「⋯⋯人を多く喰った鬼程、力を付けるのですよね?」
「麗さん、貴女にお願いがあります」
宇那手は、麗の心が鬼舞辻から離れている事に気が付き、彼女と向き合った。
「娘さんを守るために、尽力してください。鬼舞辻無惨は、自分の秘密を知った者が、敵対する事を決して許さない。自身に関する痕跡を消すために必ず殺します。貴女は誰にも秘密を話さず、これまで通りの生活を送ってください。娘さんに本当の事を話すのも、悪手です。私は鬼舞辻を制御し、私の仲間が、必ず討ち取る方法を見付けてくれる。⋯⋯それまで、堪えていただきたい。お約束いただけますか?」
「⋯⋯はい。それしか道が無いのなら」
麗は、胸に手を当てて頷いた。宇那手は安堵し、微笑んだ。
「全て上手く行きますよ。大丈夫。今後、私についても、余計な詮索をしない様に。もう、休んでください。私は、あの人に、麗さんが害意を抱いていない事を説明して来ますから」
「火憐さん!」
麗は、慌てて宇那手を引き止めた。
「どうして? ⋯⋯どうして他人の私達のために、此処まで⋯⋯」
「貴女が以前浅草で出会した少年の家族も、私の両親も、鬼舞辻無惨に殺されているんですよ。私たち鬼狩りは、これ以上、自分と同じ悲しみを背負う者が生まれぬ様にと、戦う覚悟を持っています。絶対にお守りします。貴女達を守り通す事で、私の人生には意味があったと思いたいんです」
宇那手は、絶句している麗の手を解き、部屋を出た。
「あの人は、何も話しませんよ。娘さんのために」
彼女は鬼舞辻に向けて囁いた。
「不本意ですが、恐怖で雁字搦めにしました」