第86章 正体
「⋯⋯麗さん。出て行った方が良いですよ」
宇那手は、弱々しく告げた。
「思ったより、傷が深くなってしまいました。見ていて気持ちの良い物では無いでしょう? 鬼を生かすとは、こういう事なんです。人を殺させない様にするには、こうするしか無い。⋯⋯貴女は娘さんの側にいた方が、良い様に思えます」
「紐を寄越せ」
鬼舞辻は、宇那手の髪を解いて、その紐で左肘の辺りをきつく縛り上げた。
「麗!!」
彼はとうとう癇癪を起こした。宇那手が懸念していた事だ。
「食事は一週間後のはずだった!! 血を抜き続ければ、当然死ぬ!! 貴様のせいで、この娘は今晩死ぬ所だったんだぞ!!」
「違います! 麗さんのせいではありません!! 切ったのは私です!!」
丸腰の宇那手は、懇願する事しか出来なかった。
「麗さん、今すぐ出て行ってください!! 大丈夫ですから!! 貴女に出来る事は、それしかないんです!!」
「ご⋯⋯ごめんなさい! ごめんなさい!!」
麗は、化け物から逃れる様に、部屋を飛び出して行った。
「⋯⋯夜間は外へ出られないでしょう。明日の朝、私が上手く説明をしますから」
宇那手は、ハンカチで血を拭うと、袖を下ろした。
「必ず納得させます。ですので、明日の昼まで、時間をください」
「お前に免じて待ってやる。だが、麗を上手く説得出来なれば、この屋敷の女主人はお前になるぞ」
「ありがとうございます」
宇那手は、ナイフを綺麗に磨き、所定の場所へ戻した。
「食事は、どうしますか?」
「必要無い」
「では、今すぐ麗さんとお話をして来ます。夜逃げでもされたら、私も困りますから」
宇那手は、鬼舞辻の隣をすり抜けた。
(本っっ当に分かんない男だな!)
そもそも、宇那手の生死に関して怒りを露わにするとは思わなかった。
(お前が噛まなければ、出血も少しで済んだのに!! 死んだとしたら、あいつのせいだ!!)