第86章 正体
彼女は打ち込み中の用紙を外した。
「まず、用紙の設置⋯⋯セットから。用語の説明は不要ですね。ペーパーパイルスケールを持ち上げて、用紙をプラテンの奥に入れてみてください。もう、紙の大きさは合わせてあります」
「これで良いか?」
鬼舞辻は、飲み込みが早かった。異国の言葉も、瞬時に理解した。
「はい。こちらのノブを回して、文字を打ち込みたい位置まで紙を巻き込んでください。ペーパーパイルスケールを元の位置に戻したら、打ち込みを開始出来ます」
(どうして興味を持ったの? 自分の身体には全く関係のないこの機械に)
宇那手は、不思議で堪らなかった。
「なるほど。確かに英語はこの機械と相性が良い。この国は文字が多すぎる」
鬼舞辻は、機嫌良く呟いた。まるで、普通の青年の様に。
「既に、日本語版の試作は出来ているみたいです。近い将来実用化されるかも知れませんね」
宇那手は優しく答え、機械に視線を戻した。
「あとは、躊躇なく、思い切りタイプすれば、綺麗に印字されます。改行が近くなれば、音が鳴ります。それから、一に該当するキーがありませんので、Lの小文字で代用。改行の際は、こちらのレバーを右方向に回してください」
「分かった」
鬼舞辻は、思い切りキーを押し、簡単な文書を作成した。彼はあっという間に使いこなしてしまった。
(適応能力は高いのね。だから、薬の分解も早い⋯⋯)
「これを調達すれば、お前の時間を増やせるな。明日、手配してくれ」
「かしこまりました。ですが、同じ型の物が手に入るか、分かりません。そもそも、これは産屋敷から贈られた物で──」
「英国の物だろう。大概の物は、彼処から入って来る。つまらん戦のせいで、限られた国からしか、物を調達出来ん。実に退屈だ」
「戦をつまらないと思うのですね」
「心底つまらん。だが、私には関係の無い事だ」
「そうでしょうか」
宇那手は紅茶を取り、啜った。
「この国も、何れ巻き込まれると思います。世界が繋がった以上、無関係ではいられない。爆撃が街を焼き、多くの人が殺される。まあ、貴方は無事かも知れませんが」