第86章 正体
「火憐さん、もうお休みになってください」
居間で作業を続けていた宇那手の元に、麗は紅茶を持って来た。宇那手は笑顔を返した。
「もうすぐ終わりますから。どうぞ、お休みになってください。タダ飯喰らいにはなりたくありませんので」
「でも、貴女は私よりも早く起きて、日中もずっと仕事をされています。身体を壊してしまわないか⋯⋯心配で⋯⋯」
「鬼殺の仕事は、もっと過酷な物でしたから」
宇那手がベッドへ向かいたく無い理由は、他にあった。鬼舞辻の食事に付き合わされるくらいなら、帳簿の整理をしていた方が百倍マシなのだ。
そもそも、夜毎の栄養補給は、食事と言うよりも、おやつに近い。必要不可欠な物では無い。半月に一度、血を飲ませればそれで充分なのだ。
(愛情を向けた事を、後悔したく無いけれど、応えられない想いを向けられ続けるのも疲れる⋯⋯)
鬼舞辻が、自分に執着している事は、宇那手にも分かった。
「本当に、無理をしないでくださいね」
麗は、何処までも優しい言葉を掛けて、部屋を出て行った。入れ替わりに鬼舞辻がやって来たので、宇那手は、眉間に皺を寄せた。
「⋯⋯まだ、少し掛かります」
「興味がある」
「はい?」
「異国の機械には”興味”がある。使い方を教えろ」
鬼舞辻はタイプライターを指した。宇那手は、目を見開いた。
「興味⋯⋯ですか。学んで、どうしたいのですか?」
「特に理由は無い」
「⋯⋯分かりました」
宇那手は、少し考えてソファーの横にずれた。
(理由の無い興味という事は、趣味とでも呼ぶべき?)