第85章 美しきもの
一方胡蝶は、宇那手がまだ生きている事を強く確信した。
(これは、冨岡さんも知っていると考えるべきでしょうか? ⋯⋯本当に賢い子です)
宇那手は、文字や言葉にすること無く、自分の状況を周りに認識させたのだ。仮に柱の誰かが鬼に喰われたとしても、記憶から読み取れるのは、遺書の内容と状況証拠から得られた仮定のみ。致命傷にはならない。
(私、時透君、不死川さんは、遺書から状況が飲み込めた。冨岡さんは荷物から。悲鳴嶼さんは、元々何かを知らされている様でしたし⋯⋯)
「冨岡さん、大丈夫ですか?」
胡蝶は試しに訊ねてみた。冨岡は、見事に気配を殺しており、悲しみの底にいる様な雰囲気を醸していた。
「大丈夫だと思うか?! 継子を殺されて!!」
冨岡は冨岡で、胡蝶に考えを伝えなかった。恐らく他の柱に対しても嘘を吐き続けるつもりだろう。
(上出来ですよ、火憐さん。冨岡さんは、秘密を守り通せる)
「継子を亡くしたのは、貴方だけではありません。⋯⋯まあ、すぐに前を向くのは無理かと思いますが⋯⋯火憐さんは、貴方が戦い、生き延びる事を望んでいると思いますよ」
胡蝶はぴしゃりと言い放った。
「すみませんが、出て行って貰えますか? これを元に、薬を組み替えますので」
「ああ」
冨岡は、大人しく引き下がった。部屋を出てから、力なく壁に寄り掛かった。
(あれは、そういう意味か)
宇那手との会話を思い返した。
──私ならどう動くか考え、それを口に出さないこと。
(随分な秘密を残してくれたものだ)
彼は、柱の過半数が、それぞれ別の要因によって、宇那手の生存を確信している事を、知る由も無かった。
(隠し通してみせる。その為にも、当分何もしない。きっかけを与えられるまでは)
それでも、冨岡は口元が僅かに緩むのを堪えられなかった。