第85章 美しきもの
「ただの女⋯⋯ね」
男は納得していない様だった。当たり前だ。財布から十円を出せる女など、そうそういない。そして、宇那手はともかく、鬼舞辻は上等の衣服を纏っていた。
「私は、住み込みで働いているのですよ。天涯孤独の身ですので、こちらの方のお屋敷に勤めています」
「仕事を⋯⋯。それにしたって」
「Don't say any more than you can help.」
「は?!」
「英語を話せます。書く事も。故に高給取りです」
宇那手の言葉を理解した鬼舞辻は、喉の奥で笑っていた。黙れ、よりもタチの悪い悪態だった。
「麗の物は、私が選び、払おう」
「それは助かります。その分生薬の買い付けに回せますから。貴方に、例の件をお見せしないと」
「どの程度進んでいる?」
「材料さえ揃えば、すぐにでも」
宇那手はにべもなく答え、赤い宝石の埋め込まれたカメオに目を付けた。
「此方をください」
「七円だよ?!」
「分かりました」
宇那手は、即支払った。店主は、宇那手と鬼舞辻の関係性に興味を持った。
「あなた方は親戚かなんかかい? それにしては⋯⋯」
会話の主導を握っているのは、歳下の宇那手に見えた。彼女は肩を竦めて見せた。
「貴方は物を売り、私はそれを買う。詮索はやめてください。人には其々、複雑な事情がありますので」
「あ、いや⋯⋯申し訳ない」
店主は頭を掻き、丁寧に商品を梱包すると、宇那手と鬼舞辻に手渡した。
「ありがとうございます」
宇那手はお辞儀をし、店を出た。
浅草の夜は、眩しく、思わず目を細めてしまった。
「どうぞ、此方を」
宇那手は、カメオを鬼舞辻に手渡した。
「貴方の瞳の色と同じです。とても美しい、特別な色⋯⋯」
「何故私を恨まない? 何故お前は、他の人間とは違う?」
「貴方に必要な物は、恨みや憎しみではなく、愛情だからです。これまで、誰も、貴方にそれを向けなかった。だから、貴方は苦しみの中にいる。抜け出して欲しい。救われて欲しい。⋯⋯太陽を克服したとして、その後、誰かと関わりを持って生きて欲しい。ただ、生きるのではなく、幸せを感じて生きて欲しい。それが、貴方の為にも、周りの為にもなります」