第85章 美しきもの
「青い空や、水の色を好む事も、自然⋯⋯ごめんなさい」
宇那手は、慌てて謝った。心から、自身の失言であったと後悔した。鬼舞辻は、晴れ渡る青い空も、日の光に照らされた水面も見る機会が無いのだ。それは、彼が望んだ事では無い。
「ごめんなさい。私、酷いことを⋯⋯」
「お前は、何故すぐに謝る?」
「過ちを認めた結果の行動です。許しは求めていません」
宇那手は、自身の行動原理を噛み砕いて説明した。鬼舞辻に必要な物は、他者との深い関わりだと認識したからだ。
「貴方は、通常謝罪を受けた時、どの様に対応しますか?」
「こ⋯⋯処分する」
流石に殺すとは言えず、そこそこ穏便な言葉を選んだ。宇那手は、何故か微笑んで頷いた。
「貴方は、正直で、羨ましいです。普通の人間は、誠心誠意の謝罪を受ければ、周囲の同調圧力により、許さざるを得なくなります。ですが、私はその様な結果を望んでいません。謝罪は暴力にも似ている。病により、蒼天と光り輝く水面を知らぬ貴方に、その美しさを、当たり前の物として説いた私が間違っていました。貴方はもっと怒るべきで、私を許してはならない。もし許せるのなら、貴方の中に優しさがある証拠です」
彼女の言葉を理解するのに、鬼舞辻は随分時間を要した。正直な所、全く怒りは湧かなかった。寧ろ宇那手の気遣いが、身体中に突き刺さり、痛みにも似た感情を覚えた。
「⋯⋯火憐」
「はい」
「全く腹が立たなかった」
他の人間や鬼に言われていたなら、癇癪を起こして殺していたかもしれない。しかし、今回は、怒る事を思い付きもしなかった。その理由は、宇那手が自身の言動に細心の注意を払っており、尚且つ悪意が一切無いからだ。
「それなら、貴方は優しい人です」
宇那手はそう返し、笑みを深めて、店主と向き合った。
「すみません。カメオと⋯⋯それから女性が好みそうな装身具をください。私は常識に疎い部分があり、選ぶのが難しいので。幾ら掛かっても構いませんから」
「お嬢さんは、華族の方ですかい?」
「いいえ。ただの女です」