第85章 美しきもの
「⋯⋯っ」
宇那手は、抵抗する事も叶わずに、されるがままだった。現状、鬼舞辻の庇護を受ける事が最善だったから。
(何⋯⋯こいつ⋯⋯なんでっ)
人間よりも長い舌で口内を蹂躙され、宇那手は涙を溢した。
(嫌だ!! なんでこんなヤツの⋯⋯。嫌!! 感じたく無い!!!)
「⋯⋯愛、か」
鬼舞辻は宇那手を解放し、呟いた。
「理解出来ん」
「しなくて良いです⋯⋯」
宇那手は、床に手をついて次々と涙を溢した。
(家に帰りたい⋯⋯。あの人の傍に⋯⋯)
泣いている彼女を、鬼舞辻は無理矢理立ち上がらせた。
「私には五人の妻がいたが、何故か全員自害した。鬼になる以前の話だ。どうでも良かった。だが、お前に死なれたら困る」
「それは、私が食料だからです。貴方は家畜を飼っている。七年後に、良質な肉を喰うために⋯⋯最上の一皿を口にするために、生かしているんです。貴方は、食物に敬意を払っているだけ。命を弄ぶ事無く、一瞬で殺してくださると、確信しています」
「⋯⋯その話は後でしよう」
鬼舞辻は、自分でも理解出来ない、不可解な感情を抱いたまま、上弦達に目を向けた。
「猗窩座。お前はもっと人を喰らい、産屋敷の居所を探れ」
「御意」
琵琶の音が響き、猗窩座は姿を消した。
「⋯⋯恐れながら、無惨様」
黒死牟は珍しく自分の意見を口にした。
「その娘は、即刻喰うべきかと。元鬼狩り⋯⋯。そして、恐怖で縛る事は出来ない⋯⋯」
「問題無い。使えなくなった時には、刀を奪い童磨に引き渡す。此奴の望みは生き延びる事ではなく、痣の寿命を迎えるまで、身を隠す事。愚かな人間どもと違い、命が尽きた暁には、喰われる事にも同意している。お前が目を付けた、新しい上弦ノ陸よりは、余程信用出来る」
「⋯⋯もし、その娘が、例外なら? 日の呼吸の使い手⋯⋯。痣の寿命を超えて生きたとしたら⋯⋯」
「此奴の美しさが損なわれた時点で喰う。話は以上だ」
鬼舞辻は早々に切り上げ、宇那手を抱き寄せた。
「戻るぞ」
「はい」
宇那手は、感情の無い声で答えた。
二人は、浅草の路地裏へ戻されていた。