第85章 美しきもの
「分かりません。蟲柱は元々警備が硬く、お館様も、私が貴方と取引を始めた瞬間に警戒を強めた。⋯⋯前例がありますので」
「良い。責めるつもりは無い。お前も、鳴女も、良くやった」
鬼舞辻は、珍しく手放しに賞賛した。そして、猗窩座に目を向けた。
「それで?」
「⋯⋯はい」
「何人喰った?」
「⋯⋯五人程」
「その程度か」
「猗窩座殿は偏食だからなぁ。やっぱり女を喰わなきゃ駄目だよ」
童磨の言葉に、宇那手は身震いした。それを感じ取ったのか、鬼舞辻は彼女を抱き寄せた。黒死牟は、鬼舞辻の本心を敏感に感じ取っていた。
「その娘を⋯⋯愛しているのですか?」
「こいつはただの食料に過ぎん」
「へぇ! でしたら腕の一本くらい──」
瞬間、童磨の頭が吹き飛んでいた。宇那手は、鬼舞辻の行動よりも、童磨の思考に寒気を覚え、不本意ながら鬼舞辻にしがみ付いてしまった。
「⋯⋯案ずるな」
鬼舞辻は、優しい手付きで宇那手の頭を撫でた。
「髪の毛一本、くれてやるつもりは無い」
「勘違いしないでください。殺されるのが怖いわけではありません。⋯⋯私は容易に意識を手放せません。四肢をもがれ、その状態で生かされる事が怖いのです」
「知っている。ただの臆病者を、私が傍に置くと思うか?」
「⋯⋯申し訳ございません」
宇那手は、ガタガタ震えたまま、動けなくなっていた。童磨から受けた仕打ちは、鬼舞辻に対する嫌悪や恐怖を、遥かに凌駕していたのだ。
童磨は頭部を再生し、見せ掛けだけの笑みを浮かべた。
「惜しいな。君は床の相性も良かったんだけど。極楽へ来ないかい?」
彼が、鬼舞辻の獲物に対して此処まで執着を示したのも、初めてだった。単に血のせいだろう。
宇那手は、安全な位置から怒りを爆発させた。
「ふざけるな!! お前は私の身体を滅茶苦茶に壊した!! 修復するのに、どれ程の痛みを伴ったか!!!」
「ああ。でも、お陰で加減が分かったよ。君のお陰で、随分多くの子が命拾いしたんだ」
「人を何だと思って──」
言い返そうとした宇那手の唇を、鬼舞辻が塞いだ。
黒死牟は顔を顰め、猗窩座は眉間に皺を寄せた。