第85章 美しきもの
鬼舞辻が無限城へ行くと言うので、宇那手は心底嫌悪しながら懇願した。
「私を傍に置いてください。片時も離さないでください」
「なんの冗談だ? 遂に頭がおかしくなったか」
鬼舞辻は鼻で笑いつつ、宇那手の反応を伺った。口では馬鹿にしたものの、満更でも無かったのだ。
宇那手は、苦々しげに言葉を紡ぐ。
「童磨とは接触したくありません。私の事は、貴方の所有物として扱ってください。みだりに手を振れない様にしていただきたい。でなければ、私はあいつを殺してしまいます」
「片時も離さない。安心しろ」
「貴方の言葉に安心するとは思いませんでした」
宇那手は溜息を吐いた。鬼舞辻は、愉快そうに笑い、彼女の肩を引き寄せた。
「お前を信用している、火憐」
(荷物から、めぼしい薬は何も出て来なかった。常に私の傍を離れず、鴉も彷徨いてはいない。寿命を迎えたら、問答無用で鬼にしてやる)
「少なくとも、童磨よりも、お前の方が価値がある」
琵琶の音が響き、二人は無限城内へ飛ばされていた。
「あれぇ? 火憐ちゃん? まだ無惨様の傍にいたの?」
相変わらず馴れ馴れしく話し掛けて来た童磨を、宇那手は無視した。鬼舞辻も、一瞥もくれずに鳴女に視線を移した。
「隊士の位置は?」
「⋯⋯現在ニ割程」
「この辺りを探ってください」
宇那手は、地図を指した。
「元音柱の屋敷があります。柱は引退していますが、鬼殺隊を深く知る者として、何かしら活動に関わっているはずです。それから」
彼女は慎重に情報を選んだ。
(あとどれだけ引き伸ばせる? 稽古は何処まで進んでいるの? 彼方の情報が分からなかい⋯⋯)
「此処に、風柱、水柱、元炎柱、それから、恋柱の屋敷があります。あくまで私の憶測ですが、代々鬼狩りをやっている炎柱の屋敷を起点に、柱を均等に配置しているのでしたら、この辺りも怪しいかと」
「蟲柱と、産屋敷の居所はお前も分からぬのか?」
鬼舞辻の問いに、宇那手は懸命に感情の揺れを抑え込んだ。