第84章 最期の伝言
「無惨様! 何故この女を傍に⋯⋯お前」
猗窩座は反射的に宇那手を支えていた。
(なんだ⋯⋯この妙な感覚⋯⋯。何か⋯⋯昔)
「結局上弦共は何も無し得なかった。思えば、数百年前、産屋敷の首を持って来たのも鬼狩りだったな。もう良い。顔を合わせる必要が無い。戦いのその日まで、一人でも多くの血肉を喰らい、力を付けよ」
鬼舞辻は冷たく言い放つと、懸命に首を押さえている宇那手を抱き寄せた。
「休んでいろと命じたはずだ」
「貴方の信用を損なわない事が、私にとって最重要です」
「⋯⋯人間とは、脆く不便なものだ」
鬼舞辻は、上着を脱いで宇那手の傷口に押し当てた。
「手当をしてやる。動くな」
彼は宇那手を抱き上げると、紅梅色の瞳で猗窩座を睨んだ。
「二度と姿を見せるな」
猗窩座は動けなかった。鬼舞辻が人間の娘一人に手厚い処置を施している事に驚いたのと、激しい頭痛に見舞われたのだ。
(違う⋯⋯違う!! 誰だ?! お前は⋯⋯)
「貴様の知”人”が生きているはずもなかろう。さっさと立ち去れ!」
「申し訳ございません!」
猗窩座は、素早く姿を消した。
「⋯⋯彼が鬼になったのは⋯⋯随分昔なのですね」
宇那手は、視界が揺らぐのを堪えながら口を開いた。
「でも、参。⋯⋯やはり、女を喰えないのは⋯⋯問題なのでしょうか?」
「それを何時知った?」
鬼舞辻は動揺を見せた。宇那手は、観念して目を閉じた。
「堕姫を討った後の招集で⋯⋯彼と言葉を交わしました。童磨を殺す事を条件に、私を喰っても良いと伝えましたが、彼は動揺した。⋯⋯単なる憶測でしたが、確信に変わりました」
「失言だった。お前が単なる鬼狩りなら、殺していた」
「⋯⋯私を地面に寝かせてください。呼吸で止血します。止まるまで、どうせ流れて地面に吸い込まれるだけなので、啜っていても構いません」
「這いつくばって血を飲めと言うのか?」
鬼舞辻は不機嫌に返し、宇那手を地面に寝かせた。
「当分血肉を喰らう必要は無い。毒を喰らうことを考慮しても、お前の血には、それだけの価値がある。望み通り、痣の寿命までは生かしてやる。増やしたくもない同類を、増やさずとも済む」