第84章 最期の伝言
宇那手は、麗やその娘にも、好意的に受け入れられていた。彼女は、片時も鬼舞辻の傍を離れなかったが、極力二人きりにならない様に注意していたからだ。
「何をしている」
鬼舞辻は、居間でタイプライターを使用していた宇那手を覗き込んだ。彼女は微笑んだ。
「貴方が昼間にするべき仕事を片付けています。英国との貿易帳簿の作成です」
「英語が分かるのか?」
「はい。ですので、貴方が書庫に隠していた、毒の調合表も読めました。⋯⋯終わりましたよ」
宇那手は書類の束を鬼舞辻に差し出した。
「これなら、筆跡が分かりません。ご存知かもしれませんが、大企業の裏には、大抵産屋敷家がいます。警察の上層部にも。柱の一人は、産屋敷耀哉の尽力により、釈放されています」
「⋯⋯惜しいな。これだけの知性があれば、鬼として申し分ない」
「そうでしょうか?」
宇那手は、くすくす笑いながら、鬼舞辻に目を向けた。今は、二人きりだ。麗も、娘の千歌も、眠っている。
「私が鬼になれば、手を付けられなくなりますよ。知性、呼吸の才、共に高く、誰を喰えば日光を克服出来るか知っている。貴方は確かに強いですが、悠久の時間を与えられれば、私は更に技術を研鑽出来る。数百年後、貴方を殺す事も可能になるかも知れません」
「その気概を持った鬼を作ってみたいものだ。⋯⋯そうだな。私を殺そうとしたのは、鬼に変貌して間も無い者と、鳴女だけだ」
「え?! あの琵琶の女性が?!」
「ああ。生身の身体で、金槌を持って襲い掛かって来た。面白かったから、一撃喰らってやった」
「その傷、今も残っています?」
「いや」
「では、やはり貴方の身体に残っているのは、赫刀の傷ですね。それは塞いだ方が良い。何処が急所か、見える者には見えてしまいます。⋯⋯日輪刀を熱した結果⋯⋯火傷の様な物でしょうか? 鬼に合わせた、火傷の治療薬を作れば⋯⋯」
思考の闇に沈んでしまった宇那手を見下ろし、鬼舞辻は思わず笑ってしまった。
「疲れたのでは無いのか? 私に治療を施せば、鬼狩りの目を引く事になる」
「ええ。疲れました。今日はもう、休みます」
(赫刀の傷の位置が急所というのは、間違いない。同時に突き刺せば、しばらく動きを封じられる)
宇那手は、着々と必要な情報を集めていた。