第83章 遺書
「恐ろしい女だ」
伊黒は身震いした。
「自分を道具の様に扱う。人の感情を操り、制御する。まるで、鬼の様だ」
「だがよォ、火憐はどうやって時間を稼いでる?」
不死川は完全に脱力して訊ねた。
「この屋敷の場所を、知らぬフリをしています」
あまねは深刻な表情で答えた。
「彼女は屋敷の場所を割り出す協力をしていると見せ掛けて、嘘を吐き続けています。鬼側に、位置探知に優れた者がいるという情報も入りました。恐らく、この場所が暴かれるまでは、無事かと」
「⋯⋯はあ」
不死川は、額に手を当てて溜息を吐いた。
「つくづく厄介な女だな。まあ、生きていて良かったよ」
「しかし、冨岡を見張るべきだ」
伊黒は苦々し気に呟いた。
「自害しかねない。心底腹立たしいが、奴は柱の中でも古参。態度はともかく、実力があるのは確かだ。独自の型を作っている。先代よりも優れている。つまらない死に方をされては迷惑だ」
「その件でしたら、既に竈門隊士に連絡をしております。柱の皆様は、どうか稽古に専念してくださいませ」
あまねは深く頭を下げた。
彼女が退室してから、不死川と伊黒は視線を交わし、突っ伏した。
「悲鳴嶼さんよオ⋯⋯。なんでよりにもよって俺らなんだ」
不死川は、改めて遺書を読み返した。
──熱しやすい貴方を、心から案じています。
──積み重ねて来た努力は貴方を裏切らない。信じています。ありがとう。
「人の心配ばっかりしやがって!」
瞬間、脳裏に浮かんでいた光景が途切れた。宇那手が目を外したのだ。何が起きているのか、誰も想像したく無かった。