第83章 遺書
胡蝶も、薬の開発の手を止める事が出来ず、肩を落としながら立ち去った。
時透は、霞のようにふらふらと部屋を後にし、甘露寺は号泣しながら飛び出して行った。伊黒が後を追おうとしたが、悲鳴嶼が引き止めた。
「待て。話がある」
「何ですか?」
「伊黒と不死川は上弦と接触していない。感情の起伏から、心を読まれる可能性も低いだろう。⋯⋯あまね殿、宜しいでしょうか?」
「はい。こちらを」
あまねは、何時ぞや宇那手が使用した札を伊黒と不死川に差し出した。
「二人とも、額に貼れ」
悲鳴嶼の妙な命令に、両者は顔を見合わせながらも従った。
「オイ⋯⋯何なんだこれはァ?!」
不死川は、見慣れぬ家族の姿を見せつけられ、飛び上がった。
「しかも待てや! コイツ⋯⋯この男⋯⋯」
「鬼だな。瞳が紅梅色だ」
伊黒は顔を顰めた。悲鳴嶼は小さく頷いた。
「それが、鬼舞辻無惨の人間の姿だ」
「はァ?! どういう事だ?!」
「血鬼術です」
あまねは、静かに答えた。
「この札は、味方の鬼の血鬼術を用いた物です。貼り付けた者同士、視界を共有出来るのです」
「待て。では、この札を付けたヤツが鬼舞辻の傍に──」
伊黒は息を呑んだ。
「まさか⋯⋯」
「火憐は、鬼舞辻の傍にいる。必要があれば、何時でも寝首を掻ける距離に。あの娘は聡い」
悲鳴嶼は、心からの敬意を込めて伝えた。
「どういうやり取りをしたのかまでは分からない。しかし、あの娘は鬼舞辻の信頼を勝ち取り、誰よりも近付く事に成功した。毎日朝の八時に、必要な情報を指文字で示してくれる。勿論、鬼舞辻も火憐から片時も目を離さぬから、断片的な情報ではあるが──」