第83章 遺書
「火憐さんは、鬼舞辻と取引きへ向かい、其処で殺された様です。現場には⋯⋯これしか残されていなかった⋯⋯と」
あまねは、青い簪を冨岡に差し出した。鬼に対して強い毒が塗られていたので、それだけは捨てられたのだ。恐らく、それ以外は、骨も残らず喰われたと考えるのが妥当だ。
「⋯⋯何時かこうなる事は、分かっていた」
冨岡は簪を受け取り、大きく振りかぶった。すかさず不死川が動いて取り押さえた。冨岡はあまねの眼球を狙っていた。
「分かっていたはずだ!! 何故咎めなかった?! 何故利用し続けた?! ⋯⋯上弦を討っても⋯⋯無傷で生還した隊士を⋯⋯よくも!!」
冨岡は、手紙を握りつぶし、立ち上がった。
「火憐が敵わないのなら、俺がどうにか出来る相手ではない。⋯⋯もう良い。俺は⋯⋯許せない」
「座れ、冨岡ァ!」
不死川の言葉を、冨岡は無視した。
もう、何もかもがどうでも良くなっていた。死にたかった。二年共に過ごしただけの女だと思っていたが、その死は、これまで経験した痛みを遥かに凌駕していた。
最期に見た、宇那手は微笑んでいた。幸せだ、と言いながら目を閉じた。
「冨岡さん。せめて遺書に目を通してください」
胡蝶が、涙を拭いながら訴えた。
「あの子が、貴方に遺した言葉を、握り潰さないでください」
「⋯⋯」
冨岡は手紙を開いた。短い文だった。
──その場に座って、息を吸ってください。私は何時でも貴方の傍にいます。貴方を見ています。今も変わらず、貴方を愛しています。
──貴方の存在に救われました。私を愛してくださってありがとうございます。貴方の継子になれて、幸せでした。
──それでも、私の存在が貴方の人生を悲しいものにするのなら、どうか忘れてください。幸せに生きて欲しい。人を愛して、愛されて、命を繋いで欲しい。さようなら。
冨岡は、その場に崩れ落ちた。
「火憐⋯⋯。火憐」
「一つ提案がある」
悲鳴嶼は、最も冷静に状況を認識しており、手を合わせた。彼は、柱稽古を提案した。生前、火憐が独断で行っていた物だ。
冨岡は、参加を激しく拒絶した。
「継子を死なせた俺が、何を教えれば良い? 俺はお前たちとは違う」
彼は勝手に屋敷を出て行ってしまった。