第82章 上弦ノ肆
(私が行くしか無い)
宇那手は、崖を滑る様に飛び降り、簪を抜き、正確に鬼の心臓付近に突き刺した。
「竈門君、動ける?! 彼処に首がある!! 私は禰󠄀豆子さんをなんとかします!!」
宇那手は、陽光焼けを十分程度防ぐ事の出来る薬を、禰󠄀豆子に打ち込んだ。
炭治郎は、限界を超えた力を引き出し、鬼に食い下がった。
お陰で宇那手は、禰󠄀豆子に集中出来た。
「禰津子さん、私よ。前に会ったでしょう? お願い。小さくなって!!」
身体が縮み始めた禰󠄀豆子に、宇那手は羽織を被せた。それだけでは全身を覆いきれなかったので、隊服も脱いでぐるぐる巻きにした。
「大丈夫。もう終わるから」
宇那手は、炭治郎が日の呼吸を使用し、鬼を仕留めるのを見届けた。
「火憐⋯⋯さん⋯⋯。良かった⋯⋯」
禰󠄀豆子が突然口を利いたので、宇那手はひっくり返りそうになったが、半天狗が完全に消滅するまで黙っていた。どんな情報も、鬼舞辻に与えたくなかったのだ。
炭治郎が、その場にドサリと崩れ落ちると、禰󠄀豆子は羽織を脱ぎ捨て、兄に駆け寄った。
「待って、禰󠄀豆子さん!! 陽光焼けが完全に止まったわけじゃ⋯⋯」
結論から言うと、禰󠄀豆子は灰にならなかった。
「お⋯⋯お⋯⋯おはよう」
「禰󠄀豆子、良かった。お前⋯⋯人間に」
炭治郎の言葉が現実であれば、どれほど良かっただろう。禰󠄀豆子は鬼のままだった。
(でも、これは使える。これで良かった)
「竈門君!!」
宇那手は、他の隊士や職人たちと共に兄妹に駆け寄った。
「治療をします。一先ず禰󠄀豆子さんを箱に。彼女を隠さなければなりません」
彼女は手際良く応急処置を施した。時透は、穏やかな顔で歩み寄った。
「炭治郎、大丈夫?」
「あ⋯⋯と⋯⋯時透君⋯⋯。良かった⋯⋯無事で⋯⋯。刀⋯⋯ありがとう⋯⋯」
「こっちこそありがとう。君のおかげで、大切な物を取り戻した。⋯⋯火憐さんも」
二人の間にどんなやり取りがあったのか、宇那手は知る術も無かったが、全員で勝てた事に意味があった。