第80章 不死川玄弥
「⋯⋯アンタハ、馬鹿トハ違ウノネ!」
「姉さんに、そんな言葉を使わないで」
「無一郎君、怒っていないから。銀子ちゃん、よろしくね」
宇那手が鴉の首を撫でてやると、すこぶる嫌そうな仕草をしたが、噛まずに飛び立って行った。
「さて、怪我は大丈夫ですか? 動作に差し支えありませんか?」
宇那手は、時透が心配される事を望んでいると察し、声を掛けた。彼は相変わらず無表情だったが、宇那手の膝に顔を寄せて目を閉じた。
「問題無いよ。心配しないで」
「心配します。貴方はまだ子供で、本来なら、こうやって家族に愛されるべき存在なんですから」
宇那手は、時透の髪を撫でてやった。彼は猫の様に頬を擦り寄せた。それが、涙を拭う為だと、宇那手は少ししてから気が付いた。
「どうしたの? 何が辛いの?」
「⋯⋯分からない。僕は何も分からない」
「それは不安よね。何か記憶が戻る手掛かりがあると良いんだけど」
(此処にある!!)
時透は、宇那手の隊服を掴んだ。
(此処にあるのに⋯⋯。傍にいると、涙が出るくらいほっとするのに。どうして遠くへ行こうとするの⋯⋯?)
「姉さん」
「ん?」
「お昼寝しても良い」
「此処で?! 待って!! 布団を敷いてあげるから!!」
宇那手は、時透の上半身を抱き起こした。まるで、彼の方が置き物の様だ。でも、その理由は⋯⋯
「記憶が戻ると良いですね。貴方にはお兄さんがいた様です。死の間際まで一緒だったと聞きました。きっと、貴方の事をとても──」
「姉さん!!」
時透は目で追えぬほどの素早さで宇那手に迫った。
「継子と何を話したの?! 何をするの?!」
「お話出来ません。貴方は柱で、上弦や鬼舞辻と直接対決する機会がある。だからこそ、話す訳にはいかないんです。⋯⋯これだけは」
宇那手は布団を下ろし、時透の肩に手を置いた。
「私が無傷で鬼舞辻との戦闘に加われるかは、何時迄嘘がバレずにいられるかに懸かっています。秘密を知る人間が多ければ多い程、私の命は危険に曝される。桜里は、そもそも鬼舞辻と戦わせる気が無いんです。彼女や、力の無い隊士は逃します。彼女は、私が鬼舞辻の傍にいる時、最も離れた場所にいるはず。だから、話しました」