第79章 晩餐
「私には、双子の姉がいました。母は、双子を出産したせいで、子供を産めなくなり、男手が足りなかった。姉は女性らしく、嫋やかな性格で、だったら、私が男らしく振る舞えば良いと、ずっと考えていました。家族が殺された時、男らしく戦うべきだった私は震えるばかりで、姉が私を庇ってくれた。⋯⋯でも、解放されたと思ってしまったんです」
彼女は自嘲気味に笑い、お茶を啜った。
「これで、女性らしく振る舞える、と。家族を喪った非力な女性として生きて行こうと。でも、町の人間は、私の粗暴な振る舞いを見て来たから、受け入れてはくれなかった。私が家族を殺したという噂さえ流れた。私も、私が分からなくなって行きました。理想は、姉の様な女性。でも、それが本当の私なのか、分からなくなってしまった。貴女も、自分の事が分からなくなる前に、話せる事は話してください」
桜里は一気に話し終えると、音を立てて湯呑みを置いた。
宇那手は、少し間を置いて苦笑した。
「私は、もう分からなくなっている。ゆっくり考える猶予も無い。でも、断片的に説明出来る感情はあります。私は義勇さんを誰より愛している。鬼には同情します。可能であれば、救いたい。だけど、今は何より生きたい。生きる為なら、鬼を殺すのも仕方ないと思ってしまっている」
「貴女の身の回りで、何が起きているんですか?」
桜里は、静かな声で訊ねた。
「貴女には、何が見えているんですか?」
「お答え出来ません」
「何より恐ろしいのは、何も分からない内に、津波の様に全て飲み込まれ、奪われる事です。私たちは、貴女がいなくなったら、どう動けば良いですか? 先に教えてください」
桜里が、叫び出したい程の感情を抑え込んでいるのは、宇那手にも分かった。
「⋯⋯分かりました」
宇那手は観念して、一同を見回した。
「どう振る舞うべきか、それだけお伝えします。少し前に、方位磁針と鏡が支給されましたね?」
「これだよね? 男が持つには、変な取り合わせ」
時透が、方位磁針と手鏡を取り出して机に置いた。
「念を押しますが、此処にいる者全員、鬼に殺されても、取り込まれる、喰われるのは防いでください。鬼は喰った者の細胞から記憶を読めます」
宇那手は、慎重に言葉を選んだ。