第78章 月下の約束
「はい」
カナヲは一歩退がり、頭を下げた。
「ごめんなさい。お休みなさい」
「お休み、カナヲ」
そう言って微笑んだ宇那手が、あまりにもカナエに似ていたから、カナヲは目頭が熱くなった。しかし、彼女は泣き方を忘れており、涙が出なかった。
(ごめんなさい、カナエ姉さん! 私⋯⋯やっぱり涙が出ない⋯⋯)
宇那手は、そんなカナヲの状態に、敢えて気付かぬふりをして部屋へ戻った。
ベッドに座り、左手を掲げた。指輪が、月明かりに反射して輝いている。
「綺麗⋯⋯」
「気に入ったか」
冨岡は、やや不安そうに訊ねた。宇那手は、何度も頷いた。
「はい。とても。これで、怖くない。何時でも、貴方を傍に感じられる。離れていても、貴方と繋がっていると実感出来ます。本当に⋯⋯本当に嬉しいです」
「俺も、肌身離さずにいると約束する。もう、休むか?」
「はい。明日には立ちますので。⋯⋯あの、どうして、今晩此処へ? 任務はどうされたのですか?」
「元々担当地区で、目立った騒ぎは無かった。人を二、三人喰った程度の鬼は、お前の弟子が始末しに行ったし、何故か不死川が俺の地区も見回ると言って来た」
「何故かって!! お礼は言ったんですよね?!」
宇那手は、仰天して訊ねた。
「勿論礼は言った」
そう答えたが、恐らく冨岡は不死川の心を理解していない。
「どうして実弥さんが、突然任務を交代してくれたのだと思いますか?」
宇那手は、冨岡の両手を握り、真剣な面持ちで訊ねた。分かって欲しかったのだ。この先、他の柱と意思疎通を図る為に、理解する努力をして欲しかったのだ。
(気紛れか? いや、突然気紛れを起こすか? しかし、気紛れは気紛れに起こす物だ⋯⋯)
冨岡は表情を一切変えずに考えた。
(不死川が任務を交代してくれたから、此処へ来れた。俺のためか? いや、俺は嫌われているはずだ。それに、不死川は火憐に好意を抱いていた。自分が来たかっただろう。何故だ? 何故俺を⋯⋯)